5.温かい空間
最後のデザートを終えたところで、見計らったように使用人が食器を下げにやってきた。
『とても……美味しかったです』
ここに勤めるのは、皆ウェルネシカの方。
敢えて、母国語で話しかけてみれば、とても驚いた様子だけれど。
『お口にあって良かったです。料理長にもお伝えします』
返事を貰えて……安心した。
「流石ですね。しかもイントネーションも完璧です」
「本を読みたくて覚えたんですが……使い物になって良かったです」
「不便があればすぐ言ってください。それで、こちらが給与案です」
差し出された紙には、試用期間の金額と、本契約後の金額がきちんと分けて記載されている。
……が、想定していたより多い金額。
「思ってたより多いと感じたなら許して下さい。これから必要になるであろう必需品を購入する費用も入れてます」
「……宜しいのですか?」
「一ヶ月間と考えれば、決して痛い数字ではありません。見合う仕事が出来ないと感じれば、アイリさん自ら辞退する。違いますか?」
「そうですね。その時は、日割り計算する手間が発生するかもしれませんが、許してくださいね」
大使様に日割り計算をお願いする部下がどこにいるのかと、思わずクスッと笑ってしまった。
「仕事が楽しくなりそうです。明日から早速仕事をお願いします。僕の執務室に、貴女専用のデスクを用意してます」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
「いえ、では僕は仕事がありますので先に失礼します」
私なんかに丁寧に頭を下げて、ケイト様と共に食堂を出て行った。
まだ食堂内に人がいるけれど、肩の力が抜けたのか深い息を吐き出した。
誰かと食べる食事で、料理の味を“美味しい“と感じれたのは……初めてで。食事でこんなに満たされるのだと、嬉しくなる。
前世の記憶はない。ただ……綺麗に生まれたいと願った想いだけが、今もどこかに残っている。
「選んだ道が……正解なら良いのにな……」
思わずそんな言葉が漏れた。
***
翌日、彼女は約束した時間よりも早く入ってきた。
顔色は悪くない。それに、仕事着として用意した服も問題なさそうだ。
「おはようございます」
「おはようございます。本日から宜しくお願い致します」
「こちらこそ。実は、急ぎ確認が必要な案件がありまして、今からお渡しする資料の確認をお願いできますか?」
「承知しました」
ファイリングされた資料を二冊、会計監査部から回ってきた資料も併せて渡した。
昨年度の決算に数字の合わない部分を見つけ、至急確認が必要になったのだ。そこに至る幾つかの経緯の一つを渡している。
僕は僕で、別ルートを洗い中だ。
大使館を要していない国なら、こういう確認は通常、文官の仕事だ。だけど、ここならタイムラグなく確認出来るし、問題を見つけた時の対処も早い。
「……見つけました」
「え……?」
胸元の懐中時計を見ても、まだ一時間と経っていない。
机越しに差し出された資料を受け取り、彼女が開いていたページへ視線を落とす。
「こちらの備品購入費ですが、決算締め直前に、大量の高級紙と封蝋が購入されています」
「……それは確認済みです。式典準備用だと報告を受けています」
「はい。ですが、こちらの倉庫搬入記録を見ると、納品日が翌月になっています」
指先が、別資料の日付を静かに示した。
「本来なら、次年度計上が妥当ではありませんか?」
「……」
思わず言葉が止まる。
確かに数字だけ見れば、そこまで不自然ではない。
だが、決算直前に支出だけを先行計上すれば、一時的に帳簿上の余剰を圧縮出来る。
つまり……数字を意図的に動かした可能性がある。
「それだけでは断定出来ませんが、こちらも気になりました」
次に開かれたのは、会計監査部から回ってきた資料だった。
「同時期に、外交用酒類の購入数も増えています。ですが、式典使用記録の数が一致していません」
「……使用量が少なかった可能性は?」
「はい。ただ、未使用分の保管記録がありません」
静かな口調なのに、妙に説得力がある。
資料を読む速度だけじゃない。関連性を追っている。
「この二件が偶然重なっただけなら問題ありません。ですが、意図的な数字調整なら、他にも似た処理が残っている可能性があります」
そこまで聞いて、ようやく小さく息を吐いた。
「……驚きました」
「何か、おかしな点がありましたか?」
「いえ。貴女を雇った判断は、間違っていなかったと実感しただけです」
その瞬間、彼女は少しだけ目を丸くして――控えめに微笑んだ。




