29.大きな花束
夕食は、見事に私の好きな物ばかり。
「作りすぎてしまいました」と、料理長の笑った顔で、また胸が熱くなった。
「アイリさん、これも絶品ですよ」
「リ、リク様……こんなに食べれません」
「でも本当に美味しいですから、ぜひ――」
――タッタッタッ……バタンッ!
「間に合った……!」
「ご苦労様」
息を切らして食堂に駆け込んできたケイト様が、肩を揺らしながら大きな花束をリク様に渡した。
「……お花?」
「わ、私はここまでです。それでは!」
また駆け足で食堂を出て行ってしまった。花束を持ったまま、口元を拭ったリク様が徐に立ち上がる。
「アイリさん。先程、一生かけて恩を返すと仰いましたね」
「は、はい」
「でしたら――」
花束を抱えたまま立ち止まって、一つ息を吐いた。
「その一生を、僕に下さい」
「……リク様?」
ふわっと香る花束をこちらに向け、迷いのないリク様の瞳が私を射抜いた。
「そ……れは、どういう意味でしょうか……」
ご恩を一生かけてお返ししたい、それは紛れもない本心で、揺るぎない私の覚悟。目の前で跪くリク様と……初めて見る大きな花束――
「大使館には優秀な人材が必要です」
「はい……」
「出来れば今後数十年ほど……出来れば、生涯に渡って……僕の隣にいてはくれませんか?」
「……仕事仲間、ですか?」
「いいえ」
「では、上司と部下……」
「いいえ」
「では……」
花束を持つのと反対の手が胸元のポケットに潜り、開いたリク様の掌にペンダントがキラリと光った。
「……これ……」
「貴女が、わざと自分のことを知らせるために外したんですよね?」
「……はい。慌てて引っ張ったので、金具が……」
「直しておきました。このペンダントを贈るよりも前から、僕はアイリさん、貴女に恋をしています」
「恋……えっ、今……恋って……」
「はい。気付いた時には、貴女なしではいられなくなっていました」
心臓の音が大きすぎて、上手くリク様の声が拾えない。
信じられない光景に……呼吸すら上手く出来ていないかもしれない。
「願わくば、同僚ではなく、夫婦として……貴女の隣にいたい」
「リク様……」
ずっと……気付かないフリをしてた、自分の気持ち。
誰かから気持ちを貰うことで、こんなに心を温めてくれるなら……リク様の心を温めるのは、私でありたい。そんな欲が溢れ出した。
「お……同じなんです」
「同じ?」
「カリナさんからお借りした小説と……自分が、色々重なりまして……。文字を追うたびにリク様が頭に浮かぶんです」
「はい」
「恋を自覚するのはやっぱり怖くて……私なんかでは、リク様に相応しくないと言い聞かせていました」
「……」
「でも……イースタンのお城で突然、ターバンを取ったリク様を見た時、あぁ……選ばれたい……そう思いました」
「あれは、少し格好つけてしまいましたね」
「ふふっ……リク様らしい、素敵な登場でした。……私の気持ちは、一つしかありません」
リク様の真似をして、一つ息を吐いてみた。
「望んで頂けるならば、リク様の隣に……いたいです」
***
少し涙ぐんだ彼女が、笑いながらそう言った。
こんな感情は初めてだから……どう動いたら正解なのか、分からないけど……心が思うままに、彼女を手を取った。
「貴女が隣にいてくれたら、こんな心強いことはありません」
「勿体無いお言葉です」
「アイリさん。先に断っておきますが、僕はあまり女性に慣れていません。嫌なことは嫌と、きちんと言って欲しいのです」
「は、はい」
「こうして手に触れてはいますが……嫌ではありませんか?」
「大丈夫、です」
「……良かった」
そっと引き寄せて距離を詰めた。
必要とし、必要とされる関係になれた嬉しさのあまり、頬を染める彼女を引き寄せてしまった。まだ、許された距離だとして――
「リ、リク様……ドキドキ、します」
「僕もです。どこまで近付けるか、試しても良いですか? 嫌だと思ったらすぐ言ってください」
「えっと……はい……」
彼女の手が、僕の腰に触れるくらい近付けてみた。もうこれは……なかばヤケだったりもする。……嫌なら離れれば良い。
「随分、近い……ですね」
もっと彼女を側で見たくて、染める頬に近付いた。
「……リク様……」
「……嫌ですか?」
彼女が、小さく首を振る。
吐息が重なる距離まで近付き、そして――彼女の柔らかな唇に、初めて触れた瞬間だった。
この幸福感は……どう表現したら良いんだろう……。
そっと離れたのに、またすぐに恋しくなる。
「……私の夢が……叶いました」
「夢?」
「……はい。リク様……あの……」
「ん?」
「さっきから……ノックの音が……」
耳を澄ませば、何度も何度も扉を叩く音が聞こえる。
顔を見合わせて扉を開けると、何とも申し訳なさそうにケイトが待っていた。
「お取り込み中のところ大変申し訳ありませんが……」
「……なんだ」
「溜まりに溜まった仕事が――」
そう言えば、執務室に重ねられたファイルの山を思い出した。
「机は、そのまま二つ並べたままです。少しでも進めてもらえたら……」
深いため息をついて、彼女を見た。
クスッと笑って「お手伝いしますから」と僕の手に触れた。その温もりがあれば……どんな仕事も悪くない、そう思えた。




