28.二度目の歓迎
十分な睡眠が取れていなかったせいか、大使館に向かう馬車の揺れが眠気を誘う。
「僕の肩で良かったら」
とんでもない、そう口にしたら頭をそっと撫でられた。
「誰も見ていません。少しはスッキリしますよ」
やっぱり、リク様の言葉には不思議な力があるな、なんて妙に納得して肩を借りた。
瞼を閉じて眠るまでの、ほんの僅かな時間だけど、頭に触れる優しいリズムを感じながら……。
――カタンッ。
「アイリさん、着きましたよ」
「……ん……」
「抱えて運びましょうか?」
「…………っ、あ」
寝ぼけた脳内に甘過ぎる囁きが響いて、ハッ……と目を覚ました。
「……残念」
そう言って笑うリク様が、そっと扉を開けた。
台を踏み外さないように降りて、玄関を開けた途端――
「――アイリさん!!」
「帰って来たのね!」
「もう! 心配したんだからな!」
どこから聞きつけたのか、エントランスで待ち構えた職員に一斉に囲まれた。
「……ご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳――」
「違うでしょ!」
「……え?」
「俺たちが聞きたいのは、謝罪じゃない」
頷きながら微笑む人たちばかり。隣に立つリク様も、少し後ろに控えるケイト様も。
「……た、ただいま帰りました」
「「おかえりー!」」
拍手まで起こって、まるでお祭り騒ぎのよう。
すると、後ろに控えてたケイトさんが「アイリさん!!」と名前を呼んで、私を強く抱き締めた。
「本当に良かった!」
少し涙ぐんだ様な声色。
「く、苦しいです、ケイト様――」
「あぁ! ケイト、ズルい! どさくさに紛れて……ほら、リク様が睨んでるぞ」
その言葉に、思わずリク様をチラ見してしまう。当のリク様は、余計な事を言うなと言わんばかりに笑ってる。
「ほら、ケイト。アイリさんが困ってる。そろそろ離してやれ」
「……グスン。だって……アイリさんがいなかったら……いなかったら……」
胸元のハンカチで目頭を押さえながら一言。
「いつまで経っても、仕事が溜まる一方じゃないですか!! アイリさんが見たらビックリしますよ、リク様の執務室!」
「せ……折角の歓迎ムードを……」
呆れたように笑ったリク様が、「まずは、ゆっくり休んでからだ」と、再び手を引き始めた。それは、今まで使ってた私の部屋――
「掃除はさせましたが、何も変えていません。いつも通り、夕食を共に食べて……ゆっくり休んでください」
「リク様」
「ん?」
「……ありがとうございます。リク様がいなかったら、今頃……どうなっていたか分かりません。このご恩は、一生かけてお返しします」
「一生……。はい、それは名案ですね」
「名案?」
「はい、名案です。詳しくは夕食の席で。では、また後ほど」
ヒラヒラと手を振ったリク様が、少し駆け足で廊下を進んでいった。それを見送ってから、たった数日だけ空けた懐かしい部屋に入ったのだった。
***
急足で執務室に帰って来た。
積まれた書類を分けるケイトを呼び止める。
「ケイト、ちょっと頼まれてくれるか?」
「……? はい、なんなりと」
「用意してもらいたいものがある――」
大雑把に、だけど正確に伝えたつもりだ。
彼女の気が変わる前に、残さなければならない。
「まさか……これ、夕食までに用意するんですか?」
「そうだ。已む無く間に合わなければ、食事が終わるまでに揃えてくれ」
「……無茶苦茶だ」
バタバタと扉を出たが、ケイトはやり遂げるだろう。
目下、積み上げられたファイルをどかし、手元のスペースを確保した僕は、一つ呼吸を整えて筆を取った。
彼女がここに帰って来ただけで、正直胸がいっぱいだ。連れ去られたと知った時は、それはもう自分を責めた。彼女を一人にしなければ……もっと側にいたら……と。
行方が分からなくなって二日が経った頃。
突然届いた、ナイル共和国のサリムからの手紙に震えたのを鮮明に覚えてる。
――イースタンから婚約者候補の打診あり。女性の名は、アイリ・ウォルティス。リクの側近が、突然俺の婚約者候補になったが、俺が貰って良いのか? 話し合いのためイースタン城に向かう。……お前には借りがある。協力してやろうか?
手紙を読んで、すぐコートに手を掛け、ケイトを伴ってサリムと合流し、ターバンを被った。
格好良い男だ。彼女の婚約者候補としては申し分のない身分と人柄……だが、黙って見届けられるほど、僕は出来た男じゃなかったらしい。
『僕と、大使館に……帰りませんか? 貴女にやってほしい仕事がまだまだあります。皆も、帰りを待っています』
仕事とか、職員をも理由に付けて、サリムでもイースタンでもなく僕を……選んで欲しいと望んでしまった。
帰路に着く馬車での寝顔も、賑やかな出迎えに戸惑った笑顔も、どれもが愛おしい。
ついさっきまでの出来事に思いを馳せ、掌に乗せたペンダントを見つめて、口付けをした。それは、今度こそ同じ後悔をしない様にと、ペンダントに誓うように。




