27.罪の応酬
「では、ウェルネシカ大使の僕が質問しても問題ないな?」
慣れないターバンを脱いで、数日ぶりに見る彼女の姿に、心の底から安堵した。少しやつれたように見えるが、見える範囲の傷は確認出来ない。
「なっ……何故、リク・ブレス大使がっ」
「彼女が大使館に保護を求めた証拠だ」
手元に準備していた、雇用契約書や業務実績と言った書面を広げた。
「そして、三日前。何者かによってイースタンに戻ってきている」
「それはそちらの言い掛かりだ!」
「貴方たちはが求めたのは彼女じゃない。彼女の能力と従順な道具、だろ?」
「……」
「目を付けた能力を道具として、売ろうとした」
低く怒りに満ちた声色と、テーブルに置いた書類を握る紙の音で、部屋が沈黙に包まれた。
自分たちが何をしているのか理解もしてない彼らを、僕は……絶対許さない。
「ハハッ、なるほど。婚約ではなく、人身売買だったか」
サリムが静寂を破るように笑い、そして核心を突いた。
嘘を嫌い、人に対して誠実であるサリムにとって、イースタンの仕打ちは許せるものではないはず。
「違うっ! 人聞きの悪い――」
「俺は、最初に言ったはずだ。ここに来た目的は、婚約候補を連れてかえるためじゃない。意思を聞きに来たと。で、アイリ……お前の気持ちは?」
瞳を揺らしながら、彼女がサリムと僕を見た。
「私は――」
「他を選べば、お前は反逆者だ」
大臣が薄ら笑いながら立ち上がった。
彼女の前に立ち、見えない圧でも掛けているかのように。
「だから、美貌は危険なんだ。こうして、他国の異性すら取り込んで国を揺るがす。この部屋にいるイースタンの人間なら全員知っている事実、そうだろ? 美人は自分の思想を広め、贅沢を好み、国を乱す。あぁ〜……まるで、ヒリアの再来だな」
その言葉に、僕の中の何かが切れた。
彼女の表情がみるみる強張っていくのを……ただ見てるなんて、出来なかった。
――バンッ!!
思い切り叩いた机から、ヒラリと契約書が落ちた。
「……黙れ。そこまで言うなら――ケイト」
「はい」
それは、彼女が涙を流しても、無理をして倒れても纏め上げた資料の束。
「この国が歪んだ根源。当時の王が、ユータン公国から迎え入れたヒリア王妃の記録だ」
「何故、それが此処に――」
「記録にはこう書いてある」
――私が残した功績は、この国に豊かさを齎したのかもしれない。けれど、その功績を理由に、後に続く美しい娘たちが自由を奪われるのなら、それは私の望みではない。後世の娘たちを、私の罪と功績で裁いてはならない。……それだけが私の切なる願い。
「分かるか? ヒリア王妃が止めたかったものは、権力争いじゃない。後に続く女性たちが、自分と同じ理由で人生を縛られることだと」
「違う! そんな事実は――」
――ダンッ!
最後に出された記録。
――人は私を恐れた。だが、国を乱したのは私ではなく、恐れを利用した者たちだ。
「百年以上前に、ヒリア王妃は答えを残している。美しい女性を道具として扱い、まるでスパイのように嫁がせた。阻止しようと動いた結果、罠に嵌められ、国民の反感を全て王妃に向けたんだ」
「……っ、」
「……女性は、お前たちの諜報のための道具ではない。権利を冒涜し、罪を重ねてきた歴史を正当化するのは、ここまでだ」
***
リク様の言葉で、大臣が膝から崩れた。
サリム殿下に守られる様に、陰に隠されてた私のもとへ、リク様がしゃがみ込んだ。
「……アイリさん。危険な目に合わせて、申し訳ありません」
……リク様のどこに謝罪する理由があるのか。
ふるふると首を横に振った。
「守りたかったのに……守れませんでした。貴女が無事で、良かったです」
「私こそ、仕事をお任せしてしまい……申し訳ありませんでした」
「アイリさんの権利は、今後どこにいても守られると思います。それを承知の上で……聞きたいのです」
まじまじと向けられる真っ直ぐな瞳が、胸を熱くさせる。
「サリムと婚約する道もあるでしょう。貴女ならどこでもやっていけます。もしくは、イースタンでやるべき仕事があるかもしれません。ですが……」
「……リク様?」
「僕と、大使館に……帰りませんか? 貴女にやってほしい仕事がまだまだあります。皆も、帰りを待っています」
伸ばされた手が……胸を締め付ける。
今まで、自分で選べる機会はほぼ無かった。子供の頃も学生も、大人になってからも……。でも、リク様だけは最初から私に選択肢をくれた。
「私が選んでも……良いのですか?」
膝をついた大臣の周りには、イースタンの人が集まって、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
少し離れた場所からは、サリム殿下がニヤけ顔で見守ってくれてる。
「勿論です」
「……私は――」
走馬灯のように、これまでの人生が幾つも思い出された。まるで、ここが一つのゴールのように……神様から貰った言葉を掴み取る様に。
――とびきり綺麗で美しい人になりなさい。貴女の願いが、次の人生を豊かにしますように。
「私だけは、リク様と……仲間の待つ大使館に、帰りたい」
「はい。一緒に帰りましょう」
「ま、待て!」
一部始終を見ていた大臣が、割った。
「ならば、お前は反逆罪で罪に――」
「ならば、お前たちはウェルネシカと大使館への不法侵入、拉致監禁そして、ウェルネシカの主権侵害を犯したことになる」
「馬鹿な。主権侵害だと?」
「雇用契約書が存在する以上、彼女はウェルネシカに雇われた大使館職員だ。ウェルネシカの行政妨害と見なされ、権利を侵害されたも同然」
青ざめる大臣に、追い討ちを掛けるように――
「おい、ナイル共和国への人身売買未遂も立派な罪だぞ? 婚姻を利用した不正取引……うちも見過ごせないなぁ」
「ふ、ふざけるな!」
明らかな動揺に、周囲が一歩、また一歩と引いていく。
「あんたらは、アイリとリクから学んだんだよ。一人の女性を軽んじた結果、国家規模の問題になった……って事をな。まずは、国王に正式に抗議させてもらう。それでも抵抗するようなら、容赦はしない」
これ以上の反発に意味がないと思ったのか、イースタンの誰一人として声を上げる者はいなかった。
「我々も同様だ。また、最悪の場合は撤退及び同盟の解除も有り得る。賢明な判断を期待する」
委ねた手を、優しくリク様に引かれて会議室を出た。
ここ数日で、諦めかけた何かが確かにあったはずなのに、そんな気持ちすら跡形もなく消えていて。
……リク様の背中が前よりも大きく見えた――




