26.敵か……味方か
ここに来て二日。
迎えを寄越すと言われたせいか、朝から数人の使用人に囲まれ、服を当てては変えるを繰り返している。地味な色、少し明るい色……そして、最終的に決まった白を基調としたドレス。
化粧も髪も仕上がった頃に、ノックの音が響いた。
「ウォルティス伯爵令嬢、大臣がお呼びです」
「……はい」
この前とは違う広間に足を踏み入れた瞬間。
「おっ、来た来た」
少し離れた場所に見える男性が、こちらに向かって手を振った。
よく目を凝らしてみると、ガーデンパーティの場で顔を合わせたナイル共和国の――
「……サリム殿下?」
私が、そう口にした途端、周囲にいたイースタンの人たちがヒソヒソし始めた。
耳を澄まして辛うじて聞こえた「都合が良い」の言葉。
手招きされ近くまで寄ると、頭から足の先まで流すように眺めて「綺麗だ」と言う。
「……どうして、こちらに殿下が?」
「あ? 聞いてないのか? 俺は――」
殿下の言葉を遮るように、イースタンの大臣が割って入る。
「サリム殿下、私からご説明します。……ウォルティス伯爵令嬢、其方はこちらのサリム・ナイル殿下へ嫁入りするのだ」
「……え?」
「こうして殿下が迎えに来てくてるのだ。失礼だろっ」
突然聞かされた話に動揺していると、サリム殿下が庇うように手を挙げた。
「どうやら、話が食い違ってるらしい……なぁ、大臣」
「食い違ってなど。こうしてサリム殿が迎えに――」
「それを、食い違ってると言ってるんだ」
私に向き直し、ニコッと微笑んで見せた。
「俺の事を覚えているだろ?」
「勿論です」
「あのガーデンパーティで、最も興味を惹かれたのは事実だ。だが、本人の同意なしに婚姻を勧めるほど、俺は強引な男じゃないんでね。アイリ、お前の気持ちを聞きに来た」
……きっと、サリム殿下はこの異常な状況を理解している。
恐らく、私を差し出す代わりに、ナイル共和国の何かを引き出したいんだ。どうすれば――
思わず見つめたサリム殿下が、ウィンクした。
言葉がなくても……伝わる。
「……サリム殿下。私は……つ、謹んでお受けします」
「そうか。では、イースタンとの協定を進めるとしよう――ラジール」
殿下の後方にいた一人の男性が、胸元から出した書面を机に広げた。
「えー……何だったかな。あ、そうそう。港湾利用権を行使して、我が国の南部港湾を優先利用権が欲しかったんだよな?」
広げられた書面を読んで、驚いた。
ずらりと書かれた、いかにもイースタンに有利な条件の羅列。
「あとは……関税優遇だったか。で、鉱物輸入枠の拡大……これで、あってるか?」
私に委ねられた条件が、あまりに比にならない。
ナイル共和国は海産資源が多く、どの国も喉から手が出るほど欲している権利ばかり。特に、栄えた港町で有名な南部港湾の優先利用となると、得られる利益は膨大だ。
しかも、鉱物には珊瑚や真珠も含まれる。その輸入を増やしたところで、技術がなければ宝の持ち腐れ……それを理解しているんだろうか。
「えぇ。最も優秀な人材をお渡しするのですから、これくらいは――」
「優秀な人材を、お渡し……ねぇ。アイリ、お前はさぞ大切に育てられて来たんだろう。こんな条件を付けられるのは、国の宝だもんな」
「……そ、それは勿論。能力を買われて、ウェルネシカの大使館でも大使の側近として働いていた程ですから」
……向けられる視線が、とても痛い。
真逆を生きてきた私にとって、都合良く使われるのは慣れている。だけど、私だけならまだしも……他国まで巻き込む道具になるとは、夢にも思わなかった。
「そうか。能力を買われていたのか」
「えぇ」
「なら聞こう。アイリは何故、ウェルネシカ大使館で働くことになった?」
「それは先日の説明通り――」
「大臣には聞いてない」
大臣が、ビクリと肩を震わせた。
サリム殿下が私を真っ直ぐ見た。
「アイリ、お前の言葉で聞かせろ」
「……必要としてくれたからです」
「必要としてくれた。なるほど、つまり……それ以前は必要とされていなかったと?」
「そういう……訳では」
「違うのか?」
「家族は、十分保護しておりました」
大臣が、割って入った。
「保護、ねぇ」
「ならば何故、領主会議の場で初めて会った他国の大使が、アイリの能力を即座に見抜いた?」
「それは……」
「何年も見ていた家族よりも、数時間話した他国の人間の方が先に価値を理解したのか?」
「……っ、」
一歩、私に近付いたサリム殿下が何か確認するように並んだ。
「そう思わないか?」
殿下の言葉が、誰に向けられたものなのか――
「あぁ、僕もそう思う」
後ろに控えるターバンを深く被った人物が、発言した。
「無礼だぞ、控えの者は黙ってて――」
「控え……本当に控えか、確かめようか」
まるで合図かのように、サリム殿下の言葉と同時に脱いだ。
「では、ウェルネシカ大使の僕が質問しても問題ないな?」




