24.逃げられない
彼女のまとめた資料に感心すると同時に、少し怖かった。これだけの知性を、もしイースタンに利用されたら――
「国が一つ、傾くかもしれないな……」
「……え?」
僕の部屋で、残りの仕事を手伝うケイトが反応した。
あまりに不穏な言葉だからか、若干引き攣っている。
「彼女自身、自覚が全くない。イースタンの人間に、牽制はしたが……水面下で動かれたら、正直僕の力ではどうしようも――」
「力ならあるじゃありませんか。貴方なら容易でしょう。何を迷う必要があるのですか?」
ウェルネシカを動かしても、彼女は救えない。
もっと効率的に――
ドンドンドンドン!
「リク様、おいでですか!?」
ただならぬ雰囲気に、ケイトが急いで扉を開けた。
「カリナさん、何事ですか?」
「大変です、アイリさんが……アイリさんが姿を消しました」
「どういう事ですか!?」
部屋の奥にいた僕も、無言で立ち上がった。
「図書室でお会いして……一緒に庭園へ散歩に出たんです。でも、忘れ物をしたと言って図書室に行ったきり戻らず見に行ったら……本だけ散乱して、アイリさんの姿がなくて……」
血の気が引いた……。
「リク様、まさか――」
「……すぐ、侵入の痕跡を探せ。カリナは、僕と図書室へ」
二手に別れて、急いで図書室へと走った。
夕食後に見た法律書、それに数冊の本と資料が床に散っている。
「……ん?」
本棚の前に、あるはずのない土の欠片を拾い上げた。庭園は、芝と砂利で整えてる。
「これは……裏手の馬車搬入口か」
それに、この残り香に覚えがある。イースタンとの会議の場で嗅いだ沈香の香り……。
いつから潜んでいたんだ? まさか、内通者が……いや、今は彼女を探すのが最優先だ。
「カリナも手を貸してくれ」
「勿論です」
駆け足で食料や資材を入れ込む搬入口まで来た。
目立ちはしないが、いつ付いたか分からない車輪の痕。それ以外の痕跡は全く残っていない。
「リク様、これっ!」
カリナが低木の側で、きらりと光る何かを指差した。
まさに……ぬいぐるみと共に贈ったペンダント――
「アイリさんが身に付けてた、お気に入りのペンダントが……」
「カリナ、急いでウェルネシカに連絡を入れてくれ。無断侵入は、法律違反だ。それと――……。頼む」
「分かりました」
カリナが急ぎ走っていく姿を、しばし見てか、手の平に光るペンダントを握りしめた。
「……アイリさん――」
どれくらい時間が経ったのだろう。
休憩がない代わりなのか、一人が水筒を差し出した。
「どうぞ」
丁寧な口調だけど、その目は冷たく、すぐ向こうを向いた。私の意思など関係ないと言わんばかりに、水筒を押し付けて。
「結構です」
「そうですか」
気遣いとかそんなのではなく、ただ命令されたことをこなしているだけ。
この人たちは、自分が犯した罪の重さに気付いているんだろうか……。大使館の敷地内は、ウェルネシカの領土。そこに許可なく入れば法律違反であり、最悪ウェルネシカの法に則って死刑もあり得る。
それだけの罪を犯してまで、私を攫う理由は皆目検討もつかない。それなら、何のために……連れて行かれるの?
例えば、数字を見る能力を買われて……財務部へ?
それか、自分が出来ることを他の人へ教育する、教育係?
乗せられたのが夜だったせいもあり、考え事をしながら眠気に襲われた。こんな危機的な状況なのに、本能には抗えないらしい。
目の前に座る男性は、私に興味もないはず。仕方なく、目を閉じた。
――ガタンッ。
どれだけ時が経ったのか……。乱暴に止まったおかげで、目を覚ました私に「着きました」と一言。
「……」
「ご安心ください。貴女に危害を加えるつもりはありません」
……危害を加えるつもりがないのなら、なぜ攫う必要があるのだろう。そんなことを思いながら、開けられたドアを出た。
そこは紛れもなく、イースタン城の門。
「どうぞ、こちらへ」
走って逃げれるわけないだろ、とでも思われてるかもしれない。側から見れば、普通に呼ばれた、ただの令嬢。それでも、この国に根付く特有の視線から逃げることは出来ないらしい。
歩いてきたのは、見覚えのある会議室。
――初めてリク様と会った、ある意味思い出深い部屋の扉が、ゆっくりと開けられた。
以前と同じなのは、並べられた長机だけ。
値踏みするような居心地の悪い雰囲気を感じて、自分が教育係として呼ばれてないことだけを察した。




