23.法律の名残り
彼女が、贈り物のぬいぐるみを抱き締めて涙を流した。
訳あってウェルネシカの王に謁見に行っていたが、帰り道にそれを見つけた。そう言えば、ぬいぐるみが憧れだったと話していた彼女に贈ったら……喜んでもらえるかもしれないと。
案の定、彼女は最高の笑顔でぬいぐるみと見つめ合っている。
「喜んでもらえて、僕も嬉しいです。そのペンダント、少しお借りしても?」
「はい」
「ちょっと失礼しますね」
彼女の背後に回り、そっとペンダントを掛けた。
初めて付けるせいか、変に緊張してしまう。
「……付きましたよ」
「あ、ありがとう……ございます」
少し頬を赤くした彼女が、側にある鏡に視線を移した。
ぬいぐるみとお揃いと上手く伝えたが、本当は同じペンダントを二つ用意し、長さを調節してもらっていた。装飾品単体を贈るには、僕にはまだハードルが高い。
「夕食後、食事も取らず熱中していた内容をお伺いしても?」
「勿論です。あまり、楽しい話ではありませんが」
「……分かっています。気分が滅入る前に、食事にしましょう」
ウェルネシカから持ち帰った食材を料理長に渡している。
仕事終わりの食事の時間が、今一番癒しと言っても過言ではない。仕事の話も、日常の話も、誰にも邪魔されない有意義な時間。
昼食を抜いた彼女に、自分のデザートを分けたら、「そんなに食べられません」と笑われた。
***
穏やかな食事が終わり、片付けられたダイニングテーブルに資料を広げた。
今朝受け取ったユータン公国の資料、それに以前からまとめていたメモ、そして法律書。
「リク様。これからお話しする内容は、あくまで私の見解です」
「分かりました」
手に持ったメモも、一枚ずつ出していく。
「まず気になったのは、ある時を境にイースタンの優れた女性が多く他国へ嫁いだことです。各国から集めてもらった過去の文献にも、嫁いだ記録が複数ありました。ですが……イースタンの資料には、ほとんど残されていません」
「“ある時期“は、絞れていますか?」
「はい。ヒリア様が嫁がれて翌年から徐々に増えています。ですが、ヒリア様が処刑された年にピタリと止まっています」
「……僕の方でもヒリアについて少し調べましたが、処刑された年に国交を断絶していました」
つまり、ヒリア様がイースタンに来てから……処刑されるまでの間に、何かが起きた。
「リク様が手配して下さったユータン公国の資料には、嫁ぐまでのヒリア様の文献が残っていました。そこには、国庫を潤した政策の一部と、当時のイースタン王であったバルクス陛下が、ヒリア様を見初めるまでの時系列もあります」
「美と知性を持ったヒリアを、妃に望んだのか」
「はい。これは、政略ではありません」
王の愛を受けたヒリア様が、イースタンに来た。
この時代は、“美貌“に批判的であるはずがない。
次にテーブルへ出したメモを見て、リク様の眉間が動いた。
「……なるほど」
「はい。もし、これが偶然でないのなら……」
言葉にするだけで、嫌な予感が広がる。
「イースタンは、意図的に女性達を他国へ送っていた」
「可能性が高くなります。ただ、核心に迫る資料はありません。それに、嫁いだ女性のその後も追えません」
「あくまで可能性の話として、諜報するためのスパイ要因だったとしたら――記録は、残さないだろう」
物証がない以上、仮説を立てて検証するしか方法がない。少し考えたリク様が、「例えば……」と口にした。
「例えば、ヒリアの美と知性がイースタンを好転させたとすれば、上層部は“利用できる“と考えるはずだ。それを、当時の優れた女性に強いたとしたら、家族にも恩恵が渡る」
「……上流貴族の中から探れるかも、しれません」
「はい。それに、美貌が悪だと植え付けられたのなら、途中まで教育を施されてた女性たちは国内に留まったはず」
「確かに……その方達の手記があれば……!」
「はい」
そして最後に、法律書のとあるページを開いた。
「……ここに、こう書かれています」
"婚姻時、女性側の国外資産は国家管理対象となる”
リク様が静かに目を細めた。
「国外資産……?」
「はい。最初は、国外への財産流出を防ぐための法律だと思いました。ですが……」
積み上げた資料の一枚を、横へ滑らせる。
「嫁いだ女性達の多くが、知識や技術を持つ上流階級の出身です」
「つまり、資産は……金銭だけじゃない」
「はい。知識、人脈、情報……女性自身が持つ価値も含めていた可能性があります」
ここまで仮説を立てたけど、鎖国をしてた今のイースタンに、そこまで出来る未来を描けない。人材がいないのではなく、単に他国へ取り入るための教育を施す人材がいない。
それに、他国から情報を得た所で、それを上手く利用出来るのだろうか。
「イースタンの狙いは……何でしょうか」
「今は分かりません。怪しい動きがあるのは把握していますが、それ以上が掴めません」
「……」
「くれぐれも、一人で大使館の外に出ないように。良いですね?」
「……? 分かりました」
何度も確認するリク様は、一体何をそんなに心配してるのか。この時の私には、知る由もなかった――




