22.贈り物
翌朝、アイリさんがいつも通り執務室にやってきた。
「アイリさん、おはようございます」
「おはようございます。ケイトさん、お一人ですか? リク様は……」
「リク様は、急遽ウェルネシカに戻りました。今日中には帰ると思いますが、私は別件で用事を仰せつかりましたので留守番です」
「そう、でしたか」
自分のデスクに辿り着いたアイリさんへ、頼まれた書面をヒラリと置いた。
「これは、正社員登用に関する契約書です。一読し、ご納得頂けるようでしたら署名をお願いします」
「承知しました」
「それと、こちらの書類ですが……」
ここ数日、リク様がやり取りしていた隣国ユータン公国からの資料だ。
分厚い資料をデスクの空いたスペースに置いた。
「ユータン公国から拝借した資料の一部です」
「ユータン公国……」
「リク様から預かりましたので、本日からこちらの確認をお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
早速手を伸ばした一番上の資料を捲ると、そこにはリク様の字でメモが挟まれていた。
何と書かれているのか、自分には分からない。
だけど……メモの内容に、クスリと笑うアイリさんを見て、このお二人の間に生まれた関係に心底安堵する。
「アイリさん」
「……はい?」
「ありがとうございます」
「え? 私、何かしましたか?」
「いえ。お気になさらず。では、また後ほど参ります」
この方なら、きっとリク様の隣を歩んでくれる。
さて……私は、そんな二人の未来が明るくなるよう、今日も動くとしよう。
***
リク様がいないと分かっているのに……時折、視線が隣のデスクに向いてしまう。癖、というわけでも……ないと思うけど。
メモに書かれた、“なるべく早く帰ります。無理、しないで“ の文字を隣に置いて、資料に目を向き直した。
資料の気になった箇所に紙を挟み、箇条書きで分類毎に書き写していく。
お昼が過ぎた頃、大きくなった違和感を整理するため、図書室へ向かった。
「確か……この辺だったような……あ、あった」
手に取ったのは、法律書。
各国の言葉で書かれた法律書がずらりと並んだ中から、イースタンの法律書を取り出した。ただ……法律が書き連なる分厚い本の中から該当項目を探すのは、容易ではない。見逃さないよう、慎重に読み進めた。
「――アイリさん!」
「……っ、」
あまりに没入してたせいで、突然呼ばれた自分の名前に驚いた。
「探しました……こちらでしたか」
「申し訳ありません。あら、いま何時で――」
「もう、終業時間を過ぎていますよ」
「えっ!?」
窓の向こうが薄暗くなってきてる事にも気付かず、読み込んでしまっていた。
「いちお確認ですが……昼食、食べられましたか?」
「あっ……」
……食べてない。
「リク様に殺されるな」
「あ、あの、リク様には内緒に――」
「何が内緒だって?」
少し遅れて図書室に入ってきたリク様が、不気味な笑顔で登場した……。
「お、お帰りなさいませ」
「うん。只今、帰りました。それで、何が内緒なんですか?」
「いえ……あ、約束の時間に執務室に戻らなかったから――」
「そうですか。なるほど、昼食も食べずに仕事に耽っていたと」
……聞かれてた。
「リク様も、たまにありますよね……昼食を食べず仕事すること……」
「あります。が、一緒にされては困ります。あぁ、良い事を思いつきました。今度、食事を抜いたら正社員登用は白紙、それからケイトの手当てを一部カットしましょう」
「えっ……? リク様、ケイト様は関係――」
「ありますよね。だって今日、僕はアイリさんのことをケイトに頼んだのですから。監督不行届です、よね。連帯責任です」
「そんな……」
不敵な笑みを浮かべたリク様が、本棚に寄り掛かった。
「良いですね?」
「……はい」
「宜しい。では、行きますよ」
「どちらに、ですか?」
「一緒に来て下さい」
机の資料と法律書をひとまとめにして、リク様が抱えた。持ちます、と伝えても聞いてはくれない。
言われるがまま後ろを歩き、着いたのはリク様のお部屋。
「開けてみて下さい」
そこに置かれた可愛らしい、リボンに巻かれた箱。
恐る恐るリボンを解き、箱を開けると――
「……可愛い」
「貴女にお土産です」
箱から出てきたのは、可愛い首飾りの付いたクマのぬいぐるみ。
しかも、ぬいぐるみが更に小さな箱を持っていた。この、あまりに小さい箱まで「どうぞ」と言うので、そっと落とさないように開けた。
「これ……」
「ぬいぐるみに付いたペンダントとお揃いです。ね、同じでしょ?」
「い、頂けません」
「では……仕方ありません。返品も出来ませんし、ケイトが持つにはあまりに可愛いから……処分するしかありません」
「処……分……」
「貴女のために買ってきたものです。他の人にあげるつもりはありません」
「……本当に、頂いて良いのですか?」
「勿論です。ぜひ、可愛がってあげて下さい」
抱え上げたぬいぐるみと目が合う。
クリっとした綺麗な目を見て、思わず抱き締めてしまった。小さい頃からずっと憧れた、ぬいぐるみ――
「リク様、ありがとうございます……。ずっと、ずっと大事にします。……嬉しい」
笑いながら涙が流れるなんて、人生で初めてだった。




