20.牽制のため
「……大臣。まだウェルネシカ側からも、ウォルティス伯爵令嬢からも返事は届いておりません」
会議室に、沈黙が流れる。
「我々の目指す未来に、彼女なら有利な駒となるんだろう?」
「はい。美貌とは裏腹に、秘めた才能があるのは間違いありません。ですが、大使館にいる以上、我々の踏み込む余地がありません」
集まった幾人もの役職が、顔を見合わせながら不満を口にする。
「顔で取り入っただけのやつに、才能なんてあるのか?」
「しかし彼女は、計画の一つをダメにした」
「そうだ。それに、大使の補佐が出来ているのも偶然ではあるまい」
「イースタンが名を馳せるには、駒は必要……それは、歴史が物語ってるだろ」
「大使が手放すだろうか……」
「取り込めぬなら切り捨てるべきでは?」
「馬鹿を言うな。ウェルネシカに渡したままでは損失だ」
「ですが、あの女は予測がつかない」
「……だからこそ価値がある」
大臣が、一つ咳払いをした。
「此処に来ざるを得ない状況を作り出せ。同時に書簡も送れ」
「かしこまりました」
再び静まり返った部屋に、響いた駆け足の音。
一呼吸置いたのか、一拍置いてからノックが鳴った。
「失礼します。ウェルネシカ大使館のリク・ブレス大使がお見えです」
「大使が? 約束は、ないはずだが」
「はい……そのようにお伝えしたのですが、大臣に面会を希望されておりまして……」
「……無碍には出来ん。通せ」
「かしこまりました」
一度閉じた扉が、再び開いた時。静かな足音が会議室へ響く。
ウェルネシカ大使――リク・ブレス。
柔らかな笑みを浮かべているにも関わらず、その場の誰一人として空気を緩めることが出来ない……。
「突然の訪問をお許しください」
丁寧な礼から上げた顔は、まるで査問でも始まるかのような圧迫感。
「……いえ。しかし本日はどういったご用件で?」
薄く汗が滲む額をハンカチで拭って、薄ら笑ってみせた。
「大したことではありません。ただ――少々、確認したいことがありまして」
「確認、ですか」
「ええ」
リク大使が、視線をゆるやかに巡らせた。
それだけで、会議室にいた数人が息を呑む。
「最近、我が大使館宛てに妙な問い合わせが増えておりまして」
「問い合わせ?」
「ウォルティス伯爵令嬢についてです」
……空気が止まった。
しまった――と、誰かが顔に出したのを、彼は見逃さない。
「……随分と、彼女にご興味をお持ちのようだ」
責めてもいない。怒鳴ってもいない。
それなのに、背筋が冷える。
「い、いや……優秀な人材だと聞いておりますので」
「優秀、ですか。顔に似合わず能力がある、とでも? 今更、それにお気付きとは…」
誰かが、椅子を僅かに鳴らす音だけが響いた。
まさか……先程の会話を聞かれていたのか。
そんな疑念が、一斉に脳裏を過った。
「ま、まさか。そのようなことを、我々が」
「そうですか。なら安心しました」
安心したのは、どちらか……そんな台詞、口が裂けても言えない。静かな沈黙の後、リク大使はゆっくりと本題を落とした。
「彼女に、ここでどのような仕事を任せるおつもりなのか――それだけ確認したくて参りました」
――牽制だ。そう、ここにいる全員が理解した。下手に手を出せば、ウェルネシカは黙っていない。
適当な答えを伝え、納得したのかリク大使が去った。
重苦しい沈黙の中、大臣が深く息を吐く。
「……予定を変更する」
「ですが――」
「馬鹿者。あれは警告だ」
額の汗を拭いながら、大臣が低く告げる。
「とにかく慎重にやれ。絶対に尻尾を掴ませるな」
***
「お帰りなさいませ」
イースタン城の外で待機してたケイトが、頭を下げた。
一人で来ても良かったが、牽制するなら、それなりの格好を見せなければならない。
「これで、大丈夫だろう」
「宜しかったのですか? アイリさんに何も伝えず来て……」
「どこで仕事をするか決めるのは、彼女だ。だが、イースタンを選ぶなら……僕じゃ守れない」
どこへ行ったとしても応援したいと、本当に思ってる。だけど、願わくば――
「……行ってほしくは、ないけどね」
思わず本音が漏れた。
最初は、有能な人が埋もれてるのを見過ごせなかった。それなりの環境を与えれば、すぐ花開くのは分かっていたし、それがウェルネシカのためになるなら、と。
だけど。蓋を開けてみれば、とても繊細で……だけど、芯がしっかりして……。知れば知るほど、放って置けない自分がいて。
「明日で、試用期間を終えますね」
「あぁ。明日の夕食前に、彼女に聞こうと思ってる」
「もう、気付いてるのではありませんか? ご自分の気持ちに」
馬車に揺られながら、自分の手元をじっと見た。
この感情に名前を付けたら何になるか……か。
「そう簡単に口に出来るほど、僕も子どもじゃない」
彼女が側にいてくれたら……それだけで、良い――




