18.可愛い対立
薄く開いた瞼に、優しい光が差し込む。
開ける視界に映る、見覚えのない天井……ん?
横になったままで、何度か瞬きする内に、鮮明になった視界が何処なのか……察してしまった。
ハッ、と起き上がった瞬間。
「まだ起きないで下さい」
真横にいるリク様が、心配そうな表情で私の肩に触れた。頭を整理したくても、飲み込めない状況に……思わず。
「申し訳ありませんっ……」
そう謝りながら、ベッドから降りようと布団を捲ったのに、もう一度肩に触れて、リク様が名前を呼んだ。
「アイリさん」
「はい……」
「良くなるまで、ここにいて良いんですよ」
「よ、良くありませんっ。だって、ここ……リク様のお部屋ですよね? ベッドまでお借りしてしまって――」
「ふふっ……」
不意にリク様が、口元を押さえて笑った。
「すいません、予想が的中したら笑ってしまいました」
「予想……?」
「はい。貴女がここで目覚めたら、最初に何て言うか想像したんです。見事に当たりました」
……は、恥ずかしい。
でもだからと言って、ここにいて良い理由にはならない。
「仕事も暫くセーブしましょう」
「……私が、倒れたからですか?」
「そうです」
「大丈夫です、今度はきちんと自己管理を――」
「アイリさん」
柔らかい表情だけど、真っ直ぐに私を見つめるリク様から視線を逸らした。
「……はい」
「僕は、貴女の上司です。心配もしますし、状況判断もします」
「ですが、もうすぐ試用期間も終わるんです。きちんと評価して頂きたいんです」
「評価なら既に十分――」
「十分ではありません」
「十分です」
「ありません」
「……」
即答で返してしまってから、ハッとした。
……なんか、子どもみたい。けれどリク様は、困ったように笑ったあと。
「では、交渉しましょうか」
そう言って、椅子に座り直した。
「まず、今日から三日間はケイトか僕が渡す資料の整理をお願いします」
「……はい」
「それから、重い資料を運んだり、他の人からの頼まれ事も禁止です」
「……過保護です」
「それから、きちんと夜寝ているか確認出来ないので、三日間はここで寝てください」
「リ、リク様。最後のは、容認出来ません」
「では、交渉決裂です」
微笑みながら言うので、全く説得力はない。
だけど、譲るつもりも……ないらしい。
「……では、一日だけ」
「二日です」
「一日半」
「半日単位なんですか?」
「そ、そう言うわけでは――」
「まるで、夫婦の会話のようですね。微笑ましい」
いつの間にか、側にいたケイト様がトレーに薬を乗せて待っていた。
「「違います」」
不覚にも、声を合わせて返答してしまい……慌てて下を向いた。
「と、とにかく。二日は、ここで休んでください。資料の持ち込みも禁止です」
「……分かりました」
ケイト様から薬を受け取り、二人の目の前で飲み干した。これで、解放される――
「ベッドから降りて、どちらへ?」
「……え? 仕事に……」
「貴女という人は――」
リク様が呆れた顔で私に何か言いかけたところで、「それならば」とケイト様が間に割って入った。
「私に良い案があります。仕事をしても問題ないのでしたら、支度をして執務室へお越しください」
「ありがとうございます。支度を済ませたら、向かいます」
ケイト様に背中を押してもらい、漸くリク様の部屋を出れたのだった。
***
「ケイト、彼女はまだ――」
「リク様。アイリさんの性格上、一日中休んでる方が滅入ると思います。それなら仕事をしてもらえば良いんですよ」
「しかし……」
「心配なんですよね? 側で無理してないか確認したいんですよね?」
「当たり前だ」
「それなら――」
耳打ちされた提案に、目を開いたものの、「それなら準備を頼む」とケイトを送り出した。
それから自分も支度を済ませ、執務室へ向かう。
そこへ丁度、いつもの仕事着を着た彼女がやってきた。
「本当に、体調は大丈夫なんですね?」
「はい、心配には及びません。そう言えば、ケイト様が仰った『良い案』というのは、何だったのですか?」
「……まぁ、入れば分かると思います」
「……?」
二人で執務室に入ると、周囲にいた職員の方々が一斉にこちらを向いた。
「お、おはようございます。休んでしまい申し訳ありませんでした」
あちこちから「大丈夫?」とか「無理しないでね」と、優しい言葉を沢山貰った。
それだけで胸がいっぱいになる。
……でも、掛けられる言葉の中に「大使様もよっぽど心配なのね」なんて声を拾ってしまった。どういう……意味だろう。
「アイリさんの仕事場は、今日から暫くここです」
リク様が私の机を指差す。
それは、今までの位置とは明らかに違う。
「……リク様? 私の机……」
「はい。ケイトが動かしました。今日から、僕の隣で仕事をして下さい。そしたら、過剰な仕事を監視出来ますし、振りたい仕事もすぐに渡せます」
「いや、あの……」
「何か、問題ありますか?」
――ケイトに、感謝だ。




