16.真相の片鱗
鏡を見て、目が腫れていないか確認した。
冷やしたおかげで、いつも通りの自分でいられる。
「少し待ってて下さい。タオルを濡らしてきますから」
「いえ、リク様のお手を煩わせるわけには――」
「僕がしたいんです。腫れない内に冷やさないと」
庭園で、タオルを顔に当ててる間、リク様はずっと隣にいて下さった。おかげで、溜まった仕事を夜までされたのも……知ってる。
どうして、私にそこまで良くしてくれるんだろう……。
違和感の当事者だから?
それとも、大使として?
もしも……今ここにいるのが私じゃなく、別の方だったら――?
「……あれ……」
無性に胸を押さえた。
痛いとか、苦しいとかじゃない。けど……モヤッとした気持ち悪さだけが、残った。
「体調が悪いわけじゃ、ないんだけどな」
もし悪化したら、途中でも今日は休ませてもらおう。
部屋を見渡して、荷物を抱え執務室に向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
夜遅くまで仕事をされてたのに、もう仕事を始めてる。
「アイリさん」
「は、はいっ」
「追加の資料です。これもお願いします」
「ありがとうございます」
昨日の出来事なんて、まるで無かったように、いつも通りのリク様。変に……緊張してた自分が恥ずかしくなった。
机に向かい、一つ呼吸を整えてから資料を捲っていく。
言葉が時々、棘のように刺さる。
……けれど、そういう時は自然と、昨日のリク様を思い出す。
読み進めるにつれて、一つの違和感を覚えた。
幾つかの資料を読んで、該当のページを開いたまま重ねていく。
「……どうして、かしら」
不自然な程、ヒリア様の言葉が残されていない。
資料は、多方面からケイト様が持ってきたもの。ケイト様曰く、紛れ込んだ内偵の力らしい。今まで他国と交流を控えてたイースタンにとって、内偵を見つける技術があるかどうか。
それにしても、議事録のような資料もあるのに……一言も話さないなんてこと……それとも――
意図的に消された……?
だとすると、そんなに都合の悪い存在だったんだろうか。しかも、文面によく登場する言葉がある。
“だから、美貌は危険だ“
筆跡が同じ文面が幾つもあるのは、当時の情報統制が最少人数に絞られてたと推測することも出来る。
ヒリア様の日記があれば、もっと深く知れるのに。
「眉間に皺が寄ってますよ」
頭の上から、リク様の声が降ってきた。
「何か、気になることがあったんですね?」
「……はい。幾つかの資料を比べていますが、ヒリア様の言葉が見つけられません。それに、一度疑いを掛けられてから間も無く、他の貴族への統制がかなり制限されたのも気になります」
「気になる点をまとめてもらえますか?」
「承知しました」
***
「……そういうことか」
並べられた資料を順に見比べる。年代、通達、社交記録、規制強化――。
彼女がまとめた、“気になる点“を見て、一つ確証が持てた。
小さく呟いて、該当箇所を指先で叩いた。
「アイリさん。この規制、ヒリアが疑われたから始まったわけではありません」
「え……?」
彼女が目を見開く。
「既に権力争いが起きていた。その不満の矛先として、“美貌”が利用されたんです」
「そんな事……出来るんですか?」
「“美貌を危険視する思想”が、民衆をまとめるための便利として使われたとしたら――」
「……支配に都合が良かった……」
「そういう事です」
誰もが羨む、美貌という武器を使って、民衆の嫉妬を利用した。美人のせいで国が乱れると謳えば、怒りの矛先は一箇所に集中する。
「そんな……」
「自分達の失敗を、一人の女性へ押し付けたんです……許せません」
自分でも驚くほど低い声が出た。
すぐにハッとして、彼女を伺ったけど然程気にしてないようで安心した。
「王族もしくは、権力を持つ貴族が、その体裁を守るために利用したんだとしたら……一体、何人の女性が犠牲になったんでしょう……」
「……想像に難くない」
僕らが肩を並べて同じ資料を見ていると、一人の職員が白い便箋を持ってきた。
「それは?」
「それが、届け先が――」
そこには、彼女の名前が書かれている。
裏面には差し出し名はなく、代わりにイースタン王室の御璽が押されていた。
「……どうして、私に……」
「アイリさん。僕が先に見ても?」
「……お願いします」
許可を得て、便箋を開けた。
中には、一枚だけイースタン語で書かれた彼女への手紙。
“貴女の能力を、ぜひ自国で使ってほしい‘
他にも、他国から評価される才能を評価出来なかった謝罪も書かれている……。彼らの狙いが、掴めない。
「あの……何と?」
「彼らは、貴女の評価を変えたようです。名前が知られ、他国にも評価された貴女を、イースタンは自国で活かして欲しい……と」
「……」
散々虐げてきたのに、今更手のひらを返してくるなんて。
苦笑いした彼女が一言――
「今度は、私が利用されるんですね……」
きっと、ヒリアと自分を重ねたんだ。
大使としての正解を考えるよりも先に、「アイリさん」と名前を呼んだ。
「貴女は、ヒリアとは違います。自分の生き方、活かし方を、貴女は既に知ってるはずだ。選んで、いいんですよ」
クリッとした瞳が揺れながら僕を見た。
迷ってるのか……それとも――
「……少し、考えてみます」
複雑な表情の彼女に、僕がしてあげられることは……一体なんだろう。




