15.風に乗った思い
一つ呼吸を置いて、目の前に置いた資料のページをゆっくりと開いた。
“美しい武器に、我々は敗北した“
その一言から始まった歴史の一ページ。
美しいと評判を呼んだヒリアに、当時の王ライオネルは夢中になった。美しい彼女を守るため、あらゆる知識を集め、あらゆる手段を講じた。
そうして美しい子どもが生まれ、ライオネルは全てを手にした――ように見えた。
しかし、ヒリアが愛されれば愛されるほど、周囲がどんどん壊れていく……。
政治に利用され、止めても尚、続く絶望――
終いには、美貌のせいで男を誑かし、国を歪めたと責め立てられた。
……そして、“美しい“という理由で、犯してもいない罪を着せられ……処刑された――
彼女の最後の言葉。
『こんな事なら、美しくなんて……生まれたくなかった』
次のページが、捲れない……。
今は仕事中で、ここには多くの人が出入りしている。意に反して熱くなる目頭を抑えようとした時。
「今日は、ここまでにしますか?」
リク様が、そっと机にハンカチを置いた。
見上げたリク様が、心配そうに隣に立っている。瞬きした途端、ポツリと落ちた涙に、慌ててハンカチを押し当てた。
「……すいません。少し席を外します」
それだけ告げて、執務室を飛び出した。
自分の部屋に帰るでも、厠に行くでもない。
ただ……上手く消化出来ない感情の行き場を探すために、庭園まで歩いてきただけ……ただそれだけ。
「せっかく声を掛けて下さったのに……」
飛び出してしまった後悔。握りしめてたハンカチを見て、余計に涙が溢れた。
自分でも分からない……。この涙は、資料を読んだ悲しみなのか、それとも……沢山優しさを貰ったリク様に応えられなかった涙なのか。
暫く、庭園を眺めた。
見上げた空に流れる、ゆっくりとした雲に想いを馳せた。
「リク様……私――」
通り抜けた風に声ごと持って行かれる……。
「……ここにいましたか」
落ち着いたリク様の声が、すぐ後ろから聞こえた。
「……リク様」
「少しは、落ち着きましたか?」
「はい……。仕事を置いて飛び出したりして、申し訳ありませんでした……」
「気にしていません。辛い仕事を押し付けたのは、僕ですから」
「……知りたかったんです、自分のルーツを。だけど現実は、想像よりももっと残酷でした」
私の隣に座ったリク様が、小さく息を吐いた。
「僕は、それなりに高い地位にいますので、令嬢から声を掛けられることもあります」
唐突に出てきた話に、返答の仕方が分からない。
……でも、それが事実ということだけは、分かる。年齢の割に落ち着いて、優しく、聡明で、それでいて整った顔立ち。令嬢が、放っておくはずがない。
「初めてイースタンに足を踏み入れた時、それで違和感を覚えました」
「え?」
「失礼ですが、ここだけ逆だったんです。一般的に綺麗と言われる人が、壁に立って地味なドレスを着ていました」
「あっ……」
……確かに。
「会議に行っても、外務部に行っても、状況は一緒でした。最初は、能力的に差が出る人種なのか……とも思いましたが、そんなことはなかった」
当事者だった頃は、考えもしなかった。
「膨らんだ違和感に、一石を投じたのがアイリさん、貴女でした」
「私が、ですか?」
「声を掛けた、領主会議です。目立たぬよう、机の下から書類を的確に出して行く姿を見ていました。あれは、細部まで予想していないと出来ない準備の仕方です」
どんな質問にも的確に答えなければいけない。それが、領を守るための手段だったから。
「どうして、国全体がこんな習慣になったのか、僕は貴女となら解明出来ると思っています」
「リク様……」
「正しませんか? 誰もが正当に評価されるように」
「……出来るでしょうか」
「当たって砕けろ」
「え……?」
「そういう言葉があります。何事もやってみて、ダメなら次を考えれば良い……失敗したって、終わりではありません」
失敗したって……終わりじゃない。
誰もが正当に評価される、そんな国になったら……私は、嬉しい。
「私……やります。やってみたいです」
***
強く、熱いものが瞳の奥に見えた気がした。
彼女は、いつだって強い。
「僕にもぜひ手伝わせて下さい」
「いつも、こんな私に勇気を下さって、ありがとうございます。リク様と出会えて、とっても幸せです」
涙を浮かべながら、笑った。
まただ……また、胸が痛くなる。どうにも、彼女の笑顔に弱い。
暫くしても戻らない彼女を探そうと、庭園に着いた時。
空を見上げて、思いに耽る彼女の言葉が風に乗ってきた。
「リク様、私……貴方がいなかったら――」
その先は、風のせいで聞くことは出来なかった。それでも、少なくとも自分の存在が彼女の救いになってたら嬉しい、そう思った。




