12.安心をあげたい
着替えを済ませた頃、ノックの音が響いた。
彼女が確認して開けると、そこには主催者であるロドリゲス辺境伯が立っていた。
「大使、此度は我が国の者が大変無礼を働いたようで……申し訳ない」
「いえ。頭を上げてください」
「……失礼ですが、ウォルティス伯の令嬢が何故、大使と……?」
……狙いは、そこか……?
「領主会議の後に、スカウトしたんです。類い稀なる才能をお持ちのようでしたので」
「……まさか。だって、彼女は――」
「容姿端麗の者は、才がない……とでも言いたそうですね」
「…………」
今日、ケイトがいないのは、イースタンの歴史に関してだ。とある筋から情報を得られそうだと、急遽出向いてもらっている。
が……少し、ここでも踏み込んでみても良いのかもしれない。
「何故、個性の一つだけ取って、蔑む対象になるのですか? 現に彼女は、複数の言語を操り、我々でも追いつけない程の情報を持って仕事に当たっています。どう見ても、貴方たちの偏見と矛盾する……そう思いませんか?」
返答に困っているのか、言葉を選んでる様子で彼女を見た。
「……我々の歴史上、あってはならないのです」
話しながら、辺境伯の顔色が青白く強張っていく。
その顔色が物語る、“歴史認識“が原因なのだと明白になったのは、かなりの収穫だ。
「なるほど。美貌を持つ者が、国を滅ぼした。そういう歴史があるのですね」
「……ここだけの話にして下さい。これは、我らイースタンが成り立ってきた重要な事実なのです」
「だからと言って、彼女に危害を加えて良い理由にはなりません」
「……仰る通りです」
お詫びの名目で、辺境伯で生産される品を渡され、先に帰宅する運びとなった。
帰りの馬車で、表情が曇る彼女の心情は……分からなくもない。否応にして、自分の生い立ちの欠片を知った今、上手く消化出来ないのも無理はない。
「アイリさん、此処に来たこと……後悔してますか?」
……割と、一か八かの質問だったりする。
「後悔……」
「……」
「……それは、ありません。貴重な機会を頂けて、リク様とこうして外出出来たこと、とても嬉しかったです」
「……それは、良かった。だけど、シコリが残ってしまいましたね」
「はい……。私は、ずっと自分を好きになりたいのに、なれなかったんです。望んで生まれて来たはずなのに、何をやってもダメな人生を自分のせいにしてきました」
窓の向こうを見ながら苦笑いをして、ふっと息を吐いてから僕を見た。
「最近は、リク様から貰うものが温かすぎて……甘えていました」
彼女が甘えていた時なんて、あっただろうか。
むしろ甘えていたのは、僕らの方な気がする。何でも出来る彼女に甘えて、沢山の仕事を片付けてもらったと言うのに。
「……足りませんね」
「え?」
「もっと頼って、甘えて下さい。遠慮がある内は、甘えてると言えません」
まるで、"冗談はやめて下さい"と言いたそうな顔だ。少し微笑んでみせた彼女を覗き込む。
「慣れるまでは、僕が勝手に与えましょう」
「……何をですか?」
「そうですね、安心……ですかね」
「そんな簡単に貰えるものじゃ――」
「だから僕が勝手に渡すんです。きっと貴女は、どうやって一人で解決してきたのか忘れてしまうかもしれません」
「……っ、」
少し照れた様子に、つい調子に乗ってしまいそうになる。普段真面目な彼女が、少しの隙を見せるだけで楽しくなってしまうから。
「早速、今日帰ったら何か一つ安心をあげます。何が良いですか?」
「何が……と言われましても……」
「そうですね……例えば、寝るまで話し相手になるとか?」
「ふふっ、子どもみたいですね」
「それか、仕事の話しを禁止にする、とか。放っておいたら、すぐ仕事をしてしまうから」
「うっ……でも、話題が――」
「ならば、今日は一日、"自分を責める"ことを止めましょう」
「もし、責めてしまったら……?」
「罰ゲームです。温かいお茶を飲みながら、僕が眠くなるまで話し相手になって下さい」
……あれ?
これじゃ、彼女に安心を与える口実よりも……僕の暇つぶしになってるかもしれない。
――まぁ、それでも良いか。
「リク様、それ罰ゲームになってません」
クスッと笑って口元を押さえた。
声に出してもらう場面が、ここ最近増えて来たのも良い傾向だし、今日あんなことがあったけど……そこまで深い傷になってないかもしれない。
「それじゃ、今から始まりますよ。自分を責めたら、罰ゲームですからね。よーい、スタート――」




