完結編 第8話 全員で帰ってこい
ある日、俺たち4人は連盟本部、総統室に呼び出されていた。
俺は子供の頃から出入りしていたからか
この部屋は遊び場の様な感覚もあったが…
他の奴らがガチガチに固まっている。
総統室前の扉で蓮は青ざめ
天馬は何かぶつぶつ呟いている。
紫苑は…緊張してるけどいつも通りみたいだ。
そして、何故か1番ガチガチな葛城先輩。
なんか、汗凄いんですけど…。
「俺…何やった……?」
ガチガチの葛城先輩が俺に問いかけた。
お前らの指導が出来てなくて総統に怒られるのか?と不安そうだ。
「……俺、思い当たる節が多すぎて…」
天馬は頭を抱えだした。
「……天音総統って、怖いイメージしかないんだが」
紫苑がみんなの空気に呑まれ出した。
蓮は相変わらずフリーズしてる。
やっと蒼真は皆の見ている自分の父親が
厳しい人と見られている事に気がついた。
「みんなビビりすぎwww」
「「「「いや、お前は親子だからだろ!!」」」」
全員の声が重なった。
その時だ。
橘さんが「待たせた」と扉を開き、俺たちを招き入れた。
俺以外の全員がガチガチな事にすぐに気がつき少し笑った。
総統室に入ると椅子に腰掛けている天音と黒影さんがいた。
「やぁ、すまないね」
ニコッと笑う天音。
いつも通りだ。
この呼び出し、別に怒られる訳ではないようだと思ったが…。
他はさらに縮みあがっている…。
蓮なんて、白目向きそうだ。
みんなの様子に天音は笑いそうなのを堪えているのが分かった。
黒影さんは…昔から表情の読めない人だ。
正直、苦手だ。
「実は今回、異国の大使がこの国に来られる事になってね、警護に人手が必要なんだ」
「そこで、君たち訓練生にも警護にあたってもらおうと思っている」
それまで柔らかい雰囲気だった天音の
空気が変わった。
「だが……大使の暗殺に動いているものが居ると情報が上がっている」
天音は目を伏せると、少しの静寂が流れた。
「…危険な任務になるだろう。君たちは訓練生だ、辞退したい者は辞退しなさい。危険を理解し、任務につく者は誓約書にサインをしなさい」
スっと橘さんが俺たちに書類を手渡した。
—誓約書ー
本任務において、いかなる危険が生じた場合でも任務の遂行を最優先とする。
任務遂行にあたり、個人の判断での逸脱・独断行動を禁ずる。
警護対象者の安全を最優先とし、状況に応じて自己の安全を顧みない行動を求められる場合がある。
また、本任務中に発生した、いかなる事象に対しても、異議を唱えず従うことを誓約する。
本誓約に違反した場合、その責任は全て自己に帰するものとする。
重い紙だった。
ただの一枚のはずなのに、妙に指先に引っかかる。
「……誓約書」
蒼真がめんどくさそうに眉をしかめる。
「なんだよこれ、堅っ苦しいな」
文句を言いながらも、ペンを取り
一瞬も迷わず、名前を書き殴った。
蓮は何も言わない。
書類に目を落とし、内容を一行ずつ確認する。
そのあと、静かにペンを走らせた。
紫苑は——一瞬だけ、止まった。
「……」
ほんのわずかな間。
だが、それに気づく者はいない。
(……止まるな、逃げるな)
自分に言い聞かせるように、ペンを握る。
迷いを押し潰すように、名前を書いた。
葛城は、ペンを持ったまま動かなかった。
書類に目を落としたまま、指先だけがわずかに震えている。
内容は理解している。
だからこそ——軽く書けるものじゃなかった。
「……クソ」
小さく吐き捨てるように呟く。
逃げる事も出来る。
だが——
ゆっくりと、ペンを走らせた。
迷いを残したまま、自分の名前を書く。
残るは、天馬だけだった。
「……」
ペンを持ったまま、動かない。
そのまま、ふと顔を上げた。
視線の先。
黒影がいた。
表情は読めない。
いつもと同じ、何も映さない目。
だが——
ほんの一瞬だけ、視線が合った。
言葉はない。
止めるでも、促すでもない。
ただ、何も言えない空気だけがそこにあった。
天馬は、わずかに目を細め小さく、息を吐く。
そして——
「……ま、いっか」
いつも通りの、軽い声だった。
迷いなんて最初からなかったかのように、
ペンを走らせると、自分の名前を書いた。
その音だけが、やけに大きく響いた気がした。
全員のサインが揃った。
もう、引き返せない。
それでも——
天馬は、いつもと同じ顔で笑っていた。
天音は、全員の書類に目を通した。
一枚ずつ、確認するように。
そして——
ゆっくりと顔を上げる。
「……全員、覚悟は決まったようだね」
その声は、いつもと同じ穏やかさだった。
だが、その奥にあるものは——違った。
「ならば、これは任務だ」
「訓練ではない」
空気が張り詰めた。
流石の蒼真も真っ直ぐに立っている。
「君たちはもう、“守られる側”ではない」
視線が、一人一人に向けられる。
「守る側だ」
その言葉は、重く、逃げ場を与えない。
「——忘れるな」
ほんのわずかに、間を置いて続けた。
「守れなかったものは、一生残る」
誰も、息をしなかった。
「それでも、続く」
冷たくもあり、揺るがない声。
そして——
「行け」
短い一言だった。
天音の言葉に5人は頭を下げ、橘教官に連れられ総統室を後にした。
「任務は3日後だ。今からお前達5人は通常の講義の出席はいらない。本部の人間として扱う」
「特に蒼真、サボんなよ」
廊下を歩きながら、橘は今後の説明をしてくれる。
「いや、流石の俺でもそんなの分かるわ」
まだ少し、任務の実感を感じていないと橘は感じ取っていた。
歩く足を止め、5人の顔をみつめた。
「任務ってのはな、”帰ってくる前提”じゃねぇ」
「生きて帰れる保証なんざ、どこにもねぇ」
そして1人1人と視線を合わせた。
「なんとかなる、で済むなら誰も死なねぇ」
「考えすぎるな。だが、考えない奴は死ぬ」
「1人でどうにかしようなんて思うな」
遊びじゃない。
訓練でもない。
誓約書に自分で選んでサインをした5人は今は子供じゃない。
覚悟を持つ人間。
だが…だからと言って大人でもない。
「全員で帰ってこい」
橘の言葉に蒼真たちは射貫かれた。
ー必ず、帰ります。
各々が心で返していた。
だが、紫苑だけは、矛盾している。と思った。
任務を命じられた夜。
蓮は連盟本部に用意された自分達の部屋で資料に目を通していた。
任務の内容が他訓練生には極秘事項のため
5人は講義の時間に寮から荷物だけ取るとすぐ本部へと戻っていた。
蒼真だけは本部より家が良いとわがままを言い出し橘を困らせたが…。
神代久遠家は本部のすぐ横に本邸が構えられているので特に問題なし、と実家に帰省していった。
蓮達の部屋からも久遠家の本邸庭が目に入る。
「本当に、真面目だな」
首元に冷たい感触と天馬の声が耳に響いた。
「…別に」
冷たい感触は炭酸ジュースだった。
やるよ。と天馬が手渡す。
ありがたく受け取ると蓮は炭酸ジュースを喉へと流した。
乾いた喉に、ありがたい。
任務が決まってから、蓮はずっと緊張していた。
夕食も喉を通らなかったのを天馬に見抜かれていたのだろう。
「考えなきゃ死ぬって言われると、考えすぎるよな」
「……」
図星だった。
もし、本当に命の危機に直面したら…。
俺は異国の大使を守らず、自分を…仲間を優先してしまうんじゃないかと…。
「…でもさ、1人で考えすぎるなよ」
同じ炭酸ジュースを飲みながら天馬は笑った。
「まぁー考えてない、お気楽者もあそこにいるがな」
紫苑だ。いつの間にいたのか分からなかった。
紫苑は外見てみろ。と蓮を促した。
蒼真が神代本邸の庭に飛び出してきた所だった。
元気な奴…と蓮は呆れてしまったが
蒼真の後から大きな犬も飛び出してきた。
真っ白な大きな犬…サモエド犬だろうか。
庭に飛び出したその犬はとても嬉しそうに蒼真に駆け寄り、飛びついた。
飛びつきを受けきれずに蒼真は引っくり返っている。
「…あれ、遊んでんのか?」
蓮が初めて見る犬の大きさに驚愕している。
遊んでいるのだろうが…。
「だろ」
「いや、襲われてねぇ?」
と天馬が言うと蓮と紫苑は吹き出してしまった。
そして、ゆっくりと笑いながら外へ出てくる天音の姿が見えた。
2人は何か真剣に話をしているように見えたが
犬がそれを邪魔した。
半分、体を潰されている蒼真を天音が大笑いしている。
総統のキリっとしたイメージしか持たない3人はただただ驚いた。
総統が芝生に胡坐をかいて座り込み笑っている。
(そうか…蒼真の帰省はわがままじゃなくて…)
もしもの時の為に帰ったんだ。
じゃれている飼い犬と父の天音と話す為に…。
それを橘さんも分かっていて許した。
ー一番適当なあいつが一番、覚悟を決めてる。
蓮はそんな蒼真を見てようやく緊張が解けたのを感じた。
その時だ、こちらに気が付いた蒼真がお前らも来い!と言い出した。
「行くか」
天馬が立ち上がった。
「ああ」
蓮も立ち上がった。
「…しゃーねぇ」
少し遅れて紫苑も立ち上がり、蒼真の元へと向かった。
「なぁ!こいつ触ってみろよ!」
蒼真がキラキラした瞳で飼い犬を触れと言ってきた。
「もっふもふなんだよ!!」
すぐに動いたのは天馬だ。
「うぉっ…なんだこれ」
「…っ!!もふ…」
なぜか照れている蓮。
紫苑は呆れているが犬の頭を撫でてやっている。
そんな4人を天音は微笑み見つめていた。
(君たちが蒼真といてくれて良かった)
「なぁ、任務終わったらまた触らせろよ」
もふもふし続けながら天馬が言う。
「当たり前だ。…4人で、こいつと遊んでやろうぜ」
ー夜空の下、少年たちの約束とは逆に
崩壊のタイムリミットが近づいていた。




