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完結編 第6話 止まったら終わる

訓練場には、木刀がぶつかり合う乾いた音が響いていた。

「遅いぞ、蒼真!」

紫苑の鋭い踏み込みに、蒼真は舌打ちしながら木刀を受け止めた。

「うるせぇ!!お前が突っ込みすぎなんだよ!」

「それはお前だろ」

少し離れた位置で見ていた蓮が、淡々と呟く。

「……相変わらず無駄な動きが多い」

「お前はいちいち一言多いんだよ!」

蒼真が怒鳴ると、天馬が腹を抱えて笑った。

「ははっ、また始まった」

「笑ってねぇで止めろよ!」

「いや、面白いし」

「面白がんな!」

いつものやり取りだった。

軽口を叩いて、木刀を振って、息を切らす。

それなのに、不思議と嫌じゃない。

むしろ——この時間が、今の蒼真には心地よかった。


「はい、そこまで」

少し離れた場所から葛城の声が飛ぶ。

4人は動きを止めた。

葛城は腕を組んだまま、4人を見ていた。

「蒼真、突っ込みすぎ」

「はいはい」

「天馬、フォローが遅い」

「うっ……」

「蓮、冷静だが固い」

「……」

「紫苑」

葛城の声が、わずかに低くなる。

「踏み込みすぎだ」

紫苑は木刀を肩に担いだまま、ふっと笑った。

「問題ねぇよ」

「問題ある」

葛城は即答した。

だが、紫苑はそれ以上何も言わなかった。

代わりに、もう一度木刀を握り直した。

その手に入った力を見て、蓮が小さく眉をひそめる。

「……まだやる気か」

「悪いか?」

「やりすぎだ」

「お前に言われたくねぇよ」

「俺は無駄に踏み込まない」

「はっ、そういうとこだよ」

紫苑と蓮の空気が、わずかに尖った。

だがその間に、天馬が2人の間にひょいっと割って入った。


「はいはい、そこまで」

「また喧嘩すんなって」

「してねぇよ」

「してるだろ」

天馬が呆れたように言うと、蒼真が笑った。

「まぁでもさ」

「やり合えるだけ元気ってことじゃん?」

「お前はほんと気楽だな」

紫苑が呟く。

「いいじゃん、気楽で」

天馬は笑ったままだった。

その表情を見て、紫苑は小さく視線を逸らす。

葛城はそんな4人を見ながら、何も言わなかった。

ただ一人だけ、紫苑の横顔を長く見ていた。


夕方。

訓練が終わり、寮へ戻る時間になっても、紫苑の姿は部屋になかった。

「……また居ねぇな」

蒼真が欠伸をしながら呟く。

「そのうち戻るだろ」

天馬は軽く言ったが、蓮は黙ったままだった。

視線だけが、窓の外へ向いている。

「なんだよ」

蒼真が蓮を見る。

「いや……」

短く返して、蓮は立ち上がった。

「どこ行く」

「少し、外に」

そう言って部屋を出て行く。

天馬はその背中を見送って、小さく笑った。

「なんだかんだ、気にしてんだな」

蒼真は肩をすくめる。

「真面目すぎんだよ、あいつらは」

「それがお前らしいけどな」

「どこがだよ」

ぶつぶつ言いながら、蒼真はベッドに倒れ込んだ。

そのまますぐに目を閉じたが、天馬も部屋から出ていく気配で寝れずにいた。

「……クソ真面目ばっか」

蒼真の呟きだけが部屋に響いた。



夜の訓練場は、昼間とはまるで別の場所みたいに静かだった。

風が吹くたび、木々が小さく揺れる。

その中で、乾いた音だけが響いていた。

木刀ではない。

本物の刃に近い重みを持つ訓練用の剣が、何度も空を裂く音。

「……っ」

紫苑は一人で剣を振っていた。

汗が頬を伝い、呼吸は荒い。

それでも止まらない。

一歩踏み込んで、斬る。

引いて、また斬る。

何度も。

何度も。

「……まだ足りねぇ」

かすれた声が、夜の空気に溶けた。

その時だった。

「またやってんのかよ」

聞き慣れた声。

紫苑は剣を止めずに答えた。

「……別に」

訓練場の入口に立っていたのは、天馬だった。

いつもと同じ顔。

気負いもなく、ただそこにいる。

「別に、じゃねぇだろ」

天馬はゆっくり近づいてきた。

「今日の訓練の後もやるとか、やりすぎだって」

「してねぇよ」

「してる」

即答だった。

紫苑はようやく動きを止めた。

肩で息をしながら、少しだけ睨むように天馬を見た。

「お前は気楽でいいよな」

「そうか?」

「……そうだろ」

紫苑は視線を逸らす。

「止まっても平気そうで」

その言葉に、天馬は少しだけ真顔になった。

「止まったら終わる、みたいな顔してるぞ」

紫苑の肩が、わずかに揺れる。


風が吹いた。

紫苑に止まるな。と急かすように。


「……止まったら終わる」

ぽつりと、紫苑が言った。

天馬は何も言わない。

だから、続けてしまった。

「全部だよ」

「追いつけなくなる」

「置いてかれる」

「……俺だけ、何もなくなる」

言った後で、しまったと思った。


誰にも言う気なんてなかった。

本当は蒼真に届かない事。

蓮にも届き切れない事。

—そして、天馬にも届かない。

俺だけ中途半端なんだ。


けれど天馬は、驚いた顔も、引いた顔もしなかった。

ただ少し考えるように空を見上げてから、紫苑に視線を戻した。

「終わんねぇよ」

「……は?」

「止まっても、終わらねぇ」

「お前はな」

紫苑は吐き捨てるように言った。

天馬は困ったように笑う。

「まぁ、俺はそうかもな」

「でもさ、お前も一人じゃ終わんねぇだろ」

紫苑は眉をひそめた。

「……何言ってんだ」

「蒼真もいるし、蓮もいる」

「俺もいる」

「だから、勝手に一人で終わる前提で話すなよ」

その言葉に、紫苑は返せなかった。

胸の奥が、妙にざわつく。

何かがほどけそうで、怖い。


「……お前、変わってるな」

やっと絞り出した言葉に、天馬は肩をすくめた。

「よく言われる」

そして、いつものように笑った。


その笑顔が、どうしようもなく眩しかった。



少し離れた建物の影から、蓮はその光景を見ていた。

声までは、全部聞こえていない。

それでも、分かることはあった。

紫苑は止まっていない。

止まれない。

天馬だけが、それに触れられる。


「……」

蓮は視線を落とす。

あいつは危うい。

葛城が言っていた言葉が、頭の中で繰り返される。

だが、どうすればいいのかは分からなかった。

止めるべきなのか。

それとも、踏み込むべきじゃないのか。

自分には、まだ分からない。


「……あいつ、まだやってんの?」

振り返ると、いつの間にか蒼真が来ていた。

気配がなかった。

「起きてたのか」

「誰も戻って来ねぇんだもん」

蒼真は面倒そうに言いながら、蓮の視線の先を見る。

そして、小さく息を吐いた。

「あー……紫苑か」

「……ああ」

しばらく、2人とも黙っていた。

天馬の声が、遠くから聞こえる。

紫苑の声は、途切れがちだ。


「まぁ…なんとかなるだろ」

蒼真がぽつりと呟いた。

蓮は視線を動かさないまま答える。

「何がだ」

「全部」

即答だった。

「お前、雑すぎる」

「いいんだよ、それで」

蒼真はあくび混じりに言う。

「天馬がいるからさ」

「4人でいれるだろ」

その一言に、蓮はほんの少しだけ目を伏せた。

「……そうかもな」


夜風が吹いた。

遠くで、天馬が笑っていた。

紫苑はまだ、何も返していない。

それでも、その場を離れる事はしなかった。


その時の俺たちは、まだ思っていた。

止まれなくなる前に、誰かが手を伸ばせば間に合うのだと。

でも——

本当に壊れるものは、いつだって静かに壊れていく。


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