完結編第29話 おかえりなさい!
蒼真と蓮の休学は訓練所に平和をもたらしていた。
いつもは騒がしい寮の廊下、叫び声が響かず、本来の訓練所の様子だった。
1名を除いて。
「橘教官!午後の訓練内容なんですけど!」
廊下をバタバタはしり、橘に駆け寄る奏。
相変わらずうるさい。
「お前はもうちょい落ち着けよ」
なんだかんだ言いながらも訓練についてくる奏に橘は昔の蒼真と蓮、天馬、紫苑を重ねていた。
無茶で突っ走りやすい所は蒼真と天馬と似ていて
冷静さも兼ね備えていて、蓮と紫苑にも似ている奏を橘はこのまま育てていきたいと思う。
奏は育て方次第で蒼真と蓮を越えるかもしれないと橘が思うほどだ。
「奏さーん!訓練内容よりも、レポート提出が先ー!」
誠が今日までです!と奏をサポートしてくれて、やっぱり似ているな、と思わず微笑む橘。
「誠、後で面談室に来いよー」
誠の今後についての回答が固まった。
本人次第ではあるが…橘にとってはこの回答は嬉しい内容だった。
ーこんこん。
「失礼します」
いつも通り、ノックをして面談室へ入る誠。
少し緊張しているようだ。
ゆっくりと椅子へ座る。
「さて、早速で悪いが、お前の今後についてだが…」
「はい…」
「3年目、卒業と共に本部配属。配属部署…総統補佐、橘大和の秘書。並びに総統直属精鋭部隊管理部署となる。在学中は執事、ならびに他科目の全過程を履修し、本部配属に備えること。実技訓練に関しては自己の範囲内で行う事。で、どうだ?」
橘がニヤッとする。
誠にとって好条件だろう。
1年目途中で配属が決まるのも異例。
だが、幹部を納得させられるだけの成績と観察能力に加えて勤勉さがあった。
天音が言い出した時は幹部共がザワついたが…。
資料を叩きつけ、1番近くで見ている橘自身の推薦付き、指導係、蒼真の推薦書つきだ。
精鋭部隊所属の決まった蒼真からも実力保証が出ている。
これは橘にとっても好条件だ。
山の様な大量の書類も誠なら任せられる。
「……僕が本部?ぇ、橘教官の秘書?え?」
理解が追いつかない誠。
「まぁ、そういう訳だから、卒業したらよろしくな」
「いや、あの…え?」
「ここにいろ。俺達にはお前が必要だ」
誠をまっすぐに見る橘。
ようやく理解したのか、誠の肩の力が抜けた。
「はい…が、頑張ります!」
「よし。……これから、蒼真の定期検査でなぁ、早足で話して悪かった。奏の訓練内容はこのメモ渡してくれ」
誠に1枚のメモを渡すと橘は立ち上がる。
「あの…蒼真さんの様子って…」
橘は何も言わず、ニカッと笑うと面談室を後にした。
今日は橘が教官業務と蒼真の通院で忙しく、1人で執務室にこもる天音。
ひと息つこうと珈琲を片手に窓辺へ立つ。
神代本邸の庭が見える。
と、庭へ飛び出してくるシロの姿。
1人で庭に飛び出すのは珍しい…蒼真の後を追ってよく飛び出すが…。
シロを追いかけ、蓮が走って出てきた。
よく見ると、シロは蓮のネクタイを咥えているようだ。
そして、ゆっくりと蒼真が歩いて来る。
ー笑っている。
右手にはシロのお気に入りのボール。
投げてやるとシロはネクタイを放り出して、ボールを一目散に追いかける。
ボールを拾って来ると既にベンチに腰掛けていた蒼真へボールを戻し、また投げさせる。
「……良かった」
ここ数日、目眩の症状がだいぶ収まったらしく、吐気も軽減、無理のない範囲で日中は動けている。
頭痛は残っているようだが…蒼真にとって体がだいぶ楽になったことだろう。
「おい」
部屋に橘の声が響く。
「……今日はここに寄れないって言っただろ…」
「サボってる気配がした」
エスパーか!と天音は思ったが、何か言って怒らせるのもめんどうだ。と机に戻る。
「蒼真、病院連れてくわ。あー庭に出てたのか」
シロと遊ぶ2人の様子を見ると橘は窓を開け、声をかけた。
どっから声掛けてんだ!と蒼真の声が微かに聞こえた。
「頼んだ」
天音は橘にそれだけ伝えると仕事へと戻った。
「ねー橘さん、誠と奏は何してんの?」
病院への道中、蒼真が口を開く。
「訓練だろ」
と蓮。
橘は笑うとその通りだ。と言う。
蒼真が2人の名前を出すのは久しぶりだ。
橘が部屋に行くと、天音と話していて
もう、ヤダ。頭痛い、気持ち悪い。ばかりを繰り返し、天音と蓮を困らせて居た蒼真だったが、ここ数日は世界が回ってない…!!歩ける!と回復を見せ、シロの散歩も蓮と行けるようになった。
「頭痛は残っているようですが、脳波や目眩の検査の方は問題無しですね、歩行時のフラつきもありませんし……うん、大丈夫でしょう。定期検査も今回で終了で。頓服の痛み止めは念の為、処方しますね」
「……マジすか?定期検査終わり?」
「マジだよ〜」
目をぱちくりする蒼真。
医師は笑顔で、本当によく我慢したね。と蒼真を褒めた。
「もう、世界回んない?吐かない?」
「突発的なものは前にも説明したけど、常にって事はないと思うよ」
「…訓練してもいいの……?」
「そうだね、ただ無理は絶対にしない事。少しでもおかしいと感じたら、友達の蓮くん、橘教官に報告する事」
「ぁ、蓮は友達じゃないです。嫌いです」
「……??…まぁとにかく、病院卒業です」
いつも付き添いで来ている蓮が友達じゃないし、嫌いと言う蒼真の言葉の意味は医師には通じていなかった。
「……橘さん、訓練していいって…」
まだ信じられないのか蒼真は診察室を出てから呟く。
「寮にも帰れる?復学、出来る?」
「そうだな…ここ最近は確かにフラついて無さそうだし、顔色もいいしな…絶対に言う事を聞くなら戻してやってもいい」
さあ、どうする?と言う橘の表情。
蒼真の答えは決まっているが、蓮へと視線を向ける。
「俺もお前嫌いだし。友達じゃねぇから、自分の好きにしろよ」
ぶっきらぼうに話す蓮。
「戻る」
蓮の言葉のあとで蒼真は即答した。
訓練場には1人、木刀の素振りに励む奏の姿。
橘教官に指摘を受けた癖を徹底的になくす為に毎晩、自主練を怠らない。
そんな奏を誠は見つめていた。
以前は一緒にしていた自主練だが、今は誠は奏のフォーム、動きを撮影し改善点を見つけていく事に専念している。
ー自分が何をするか。
訓練に参加は怪我の後遺症から免除されて居るが、ならみんなの訓練中に何が自分ができるか。
色々と試行錯誤し、奏達、同期生の怪我予防にも繋がる上、動きの再確認、癖の研究などに役立てられている。
そんな時だ。
ーガラッ。
訓練場の扉が開いた。
夜は2人以外の訓練生は訓練場に来る事はない。
突然の訪問者に奏と誠は自主練の手を止めた。
開かれた扉からは橘教官が入ってくる。
「やっぱりお前達2人はここに居たか」
「橘教官、珍しいですね…こんな時間…に…」
誠がどうしたのか聞こうとした時だ。
扉の向こうから聞きなれた口喧嘩の声。
橘の後ろに見えたのは
月明かりに照らされ輝く銀色の髪と漆黒の黒髪。
そこに居たのは、奏と誠の大好きな2人の先輩。
「なぁーそのジュース、一口くれよ」
「お前の一口は信用ならないから、嫌だ」
「……蒼真さぁぁぁぁぁん!!!!」
いつも通りのくだらない口喧嘩をしている蒼真と蓮に走り出す奏。
「うぉっ、走ってきた」
驚く蒼真にお構いなしに抱きつく奏。
「って、汗くさァ!」
「おい、奏」
「離れろ」
蒼真に抱きつく奏を橘と蓮が引き剥がす。
「なんで?!」
もっと、くっつきたいです!とせがむ奏。
「お前、飛びついて転んでまた頭打ったらどうするつもりだ」
橘にゲンコツを食らう奏。
「あ…そうですよね…すいません」
軽率な行動だった事を反省する奏だが、蒼真は笑っている。
「ただいま、奏、誠」
2人をまっすぐ見つめてニコッと笑う蒼真。
「「おかえりなさい!」」
奏と誠の声が重なった。
「で、本当に今からやんのか?」
肩のストレッチをしながら蓮が切り出した。
ここに来たのは奏と誠を探して居たからだけではない。
蒼真がどうしても、模擬戦がしたい。といい出したのだ。
本調子ではないので、まださせたくはなかった橘だが…。
蒼真がどれだけ動けるか試したい。その方がこの先の訓練メニューも組みやすいだろ。と押し切った。
「もちろん、やる」
蒼真も腕まくりをする。
返事を聞くと、蓮は1度木刀を手に取ったが、竹刀に持ちかえる。
無言で蒼真に手渡す。
蒼真も何も言わずに竹刀を受け取った。
「え、なんで竹刀なんすか?」
奏が不思議そうにしている。
「いや、蒼真さんが病み上がりだからじゃ…」
誠は蓮からの配慮だろうと奏に伝える。
蒼真と蓮が向かいあい、お互いの視線を合わせる。
「始め」
橘の声と共に、踏み込み竹刀を振り抜く蒼真。
蓮はそれをギリギリで躱すと反撃に転じる。
(…相変わらず、速ぇ…)
蒼真の動きは元から早いが、更に早く感じる蓮。
いや、しばらく蒼真以外としていたから、他が遅いのか。
休んで居たはずなのに蒼真の踏み込みスピードは落ちていない。
打ち込んでくる打撃も重い。
蓮の攻撃にも反応出来ている。
(勘も、基本の動きも鈍ってないな…)
目を細めて2人の模擬戦を見守る橘。
蒼真の動きのチェックをしっかりしていく。
体のフラつきもなし、顔色良好。
関節可動域も前と変わらず、大きく使えている。
そして、何より楽しそうに笑っている。
だが、1つ問題なのは……。
「…ゼー……ゼー…やべぇ!!…体力!!…」
開始2分程でスタミナ切れの蒼真。
膝に手を置き、全身で呼吸をしている。
それでもーー
その目は死んではいなかった。




