完結編第24話 前だけ見て走れ
最上階。
薄暗い一室の隅で、12歳ほどの少女が震えていた。
「人質、発見しました。これより脱出します」
蓮が通信機で精鋭部隊へ報告をする。
「……大丈夫だよ」
誠が最初に近づき、しゃがみ込む。
「助けに来たよ。もう終わったよ」
少女の目から涙が溢れた。
「……怖かった……」
「うん。よく頑張ったね」
誠の声は、さっきまで震えていた少年のものとは思えなかった。
「立てそう?」
奏が少女に問うと少女は首を横に振った。
「じゃあ、おんぶしてあげるよ!」
奏は少女に笑顔を向けると、背中へ乗るように促す。
「奏、傷は大丈夫か?」
作戦では人質が歩けない状況の場合、
奏が背負って脱出の予定だったが負傷した為、蓮が声をかけた。
「大丈夫っす、掠っただけですよ。ぁ、お洋服に血がついちゃったら、ごめんね?」
「…うん…」
少女への配慮を忘れない奏に蓮は少し安心していた。
「よし、脱出ルート、西側非常階段に向う」
「1度、3階へ降りてからの外階段になります」
誠だ。
「…誠、助かるよ。肩は大丈夫そうか?」
「ぁ、はい!大丈夫です!」
蓮に言われ、咄嗟に誠は大丈夫と答えたが、
鉄パイプが直撃した左肩から手首付近まで激痛が走っていた。
力を入れようとしても、入らない。
誠の返事を聞くと、蓮は思い出したように蒼真の顔を見た。
「ぁ、蒼真は大丈夫か?」
「忘れてた?!ねぇ、忘れてた?!」
「やかましいぞ。……元気だな」
全員の確認を終え、蓮は深く息を吸った。
3人が負傷…人質搬送、敵が万が一、現れたらどうするか、蓮は頭の中でなん通りかのシュミレーションをしていた。
そして、その中から最適解と思われる物を思いつくと、行こう。と皆を導いた。
3階への階段を降り始めた時だ。
先頭を歩く蒼真が普段は手摺りなど使わないのに、手摺りを使っている事に蓮は気がついた。
(……ったく、蒼真の奴…)
先程の頭部へのダメージは思ったよりも深刻そうだ。
出血もまだ続いているようだ。
3階にたどり着き、西側非常階段の扉がもうすぐという時だ。
突入の際に倒した敵が目を覚ましたのか、新手か、10人程が3階へ走り込んできた。
「ったく、雑魚ばっかのくせに…」
蒼真が一歩、前に出ようとした時だった。
「蒼真、下がれ」
蓮の声が響いた。
「奏、その子を蒼真に預けろ。俺と奏でいく」
「は?奏、怪我してんじゃん」
「突破しても、奏の今の状態で人質背負って遅れずについてこれるか?」
蓮の視線は蒼真を鋭く射抜いた。
そして、蒼真に蓮は近づくと「お前、立ってるの、やっとだろ」と耳打ちした。
気付いてないと思っていた。
蓮にも、奏と誠にも心配をかけたくないと
ふらつく体を最小限に留めて居るつもりだった。
蓮が耳打ちしてきたのも、2人に心配を与えない為だろう…。
「……奏、変わるわ」
ここは素直になるべきだ。
全員で帰るために。
「ぇ、あ、はい!」
奏は焦りながらも、少女を背中からゆっくりと降ろし、蒼真が少女を背負う。
「ごめんなぁーベタベタで気持ち悪いと思うけど、ちょっとだけ我慢してな。しっかり掴まっててくれよ」
ニコっと蒼真が少女へ笑いかけると少女は力強く頷いた。
それを合図のように、蓮と奏が敵との距離を詰めた。
「ガキ共を止めろ!!」
怒号と共に先頭の男が鉄パイプを振り上げた。
「奏、右3人潰せ」
蓮の声が飛ぶ。
「了解っ!!」
返事と同時に、奏の身体が弾けた。
真正面ではない。
壁際を蹴り、一気に右側へ回り込む。
「なっ——速っ!」
敵が反応する前に、奏の蹴りが一人の膝を砕くように沈める。
続けざま、肘打ち。裏拳。二人目、三人目が折り重なるように倒れた。
「通路中央、空きました!」
誠が叫ぶ。
「蒼真、誠、行け!」
蓮は前方の敵の拳を受け流し、そのまま喉元へ掌底を叩き込む。
蒼真が少女を背負ったまま駆ける。
だが左側から刃物を持った男が飛び出した。
「蒼真さん!」
奏が叫ぶより早く、蓮が割り込む。
鈍い音。
蓮の蹴りが男の手首を跳ね上げ、ナイフが宙を舞う。
「前だけ見て走れ!」
「……っ、助かる!」
蒼真は振り返らず走った。
残る敵が一斉に蓮へ殺到する。
その瞬間、奏が笑った。
「俺も居るわ!!」
低く滑り込み、敵の足を払う。
体勢を崩した敵へ蓮の蹴りが炸裂した。
「非常階段、確保!」
誠の声。
蓮は最後の一人の腹へ拳を突き刺し、短く言った。
「奏、離脱」
「了解!」
2人は同時に非常階段へと走り出した。
既に蒼真が2階部分まで非常階段を駆け下りている。
先に敵は居ないようだ。
蓮はこのまま階段を降り切れれば
精鋭部隊が待っている。と少しほっとした瞬間だった。
—ピュンッ。
音もなく、弾丸が目の前を横切る。
「…っ!!こちら、黒瀬!敵、発砲!屋上からと思われる!援護お願いします!」
すぐに蓮は通信機で援護を求める。
蒼真が振り返ろうとしていた。
「蒼真!!止まるな!走れっ!!」
叫び声をあげると、蒼真は振り返らず一気に階段を駆け下りた。
叫び声と共に、精鋭部隊が階下から援護射撃を開始した。
銃弾の嵐の中、蒼真を先頭に4人全員が無事に階段を降り切る。
そのまま、精鋭部隊に敵の残党を任せ
4人は護送車両を目指してひたすら走った。
本来であれば、ここで精鋭部隊に人質を託す予定が組まれていたが…
状況により、護送車両までの突破となった。
車両まで残り300m程。
蒼真はふらつき、足がもつれ始めていた。
(……やべぇ…目が霞む…)
それでも、人質最優先。と最後の気力で足を動かし続ける。
車両まで残り200m。
廃ビル横の影から敵が突如、現れ蒼真を狙う。
「…ほんっと、しつけぇ」
蒼真は不敵に笑い、敵を睨みつけた。
蒼真は3人よりも前方にいたため、蓮達がすぐに駆けつけられる距離ではなかった。
少女を背負ったまま、対峙するほかに選択肢がない。
蒼真は少女を庇うように体勢を低くした。
「雑魚程、しつこいものだよ」
聞き慣れた低い声。
目の前を横切る自分と同じ銀色の髪の毛。
瞬時に敵を制圧する。
結誓連盟 総統 神代天音の姿だった。
「全部隊へ。人質奪還成功。敵、完全制圧開始!救護班、護送車両付近まで至急!」
通信機から橘の指示が全部隊へと下される。
「お前達よくやった!蒼真、その子降ろして大丈夫だぞ」
橘にそう言われると蒼真はゆっくりと少女をその背中から降ろすと、そのまま地面に座り込んだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?私重くて疲れちゃった?」
心配そうに蒼真を覗き込む少女。
「軽くてびっくりしたよ」
蒼真は顔をあげ、少女へ笑顔を向けた。
「よく、頑張ったね」
「お兄ちゃん達、ありがとう!」
救出後、少女の初めての笑顔だった。




