完結編第22話 「一撃」
その日、誠は武器倉庫で手入れをしていた。
武器と言っても、訓練用のものだが。
「…また奏さんに押し付けられた…」
手入れをしながらぽつりと呟く。
今日は奏の当番の日だったのだが
食堂の数量限定ランチがどうしても食べたい!と
当番を押し付けられていた。
「…はぁ…」
「どうした?」
聞き覚えのある声に誠は驚いた。
倉庫入口に蓮が居たのだ。
「れ、蓮さん!どうしたんですか?」
「いや、次の訓練で使う物品の準備…お前は整備か?」
「ぁ…はい…。実は奏さんに押し付けられちゃって」
まったく…と蓮はため息をついた。
「僕、ダメなんですよね…頼まれると断れないし、蒼真さんと蓮さんの指導時間以外の訓練も…同期生に立ち向かうの怖くて…臆病者なんです」
蓮はただ、黙って聞いていた。
「…どうしたら、強くなれますか?」
「お前は強い」
「いや、だから実力が…」
「強さって色々あるだろ。頼まれごとを断れないのは弱いか?同期との模擬戦の話も誠が優しいからじゃないか?」
蓮は物品の準備を始めながら続けた。
「誠は人の嫌がる事もしっかりやる。任務中に観察力もあった。地図を見て、場所を見つけてくれた。だから、俺も作戦が立てられた。臆病者ができる事じゃない」
「戦闘が怖い、飛び出せない。それでいい、怖くない奴なんて居ないよ。……あとは自分が何をするか、だ」
話しながら、蓮は物品の準備を終えていた。
「ちなみにだが、この準備は本来は蒼真の当番だ」
俺も押し付けられたよ。と笑った。
「さて、飯行こう」
「…はい!」
強さとは何か。
誠はもう1度、考え直そうと蓮の背中を追いかけた。
ガヤガヤと各々が楽しそうに昼食を楽しむ。
その中で一際、楽しそうな2人がいた。
「うっっまっ!!」
数量限定ランチの唐揚げを頬張りながら奏が言う。
「だろ?コレ食べとかないと人生、損する」
「流石、蒼真さん!」
当番を押し付けた蒼真と奏は無事にランチにありつけていた。
何個でもイケます!と奏は嬉しそうだ。
「…急用ってこれか?」
蒼真の耳元で低い声が響いた。
「げ」
蓮は何も言わずに、テーブルに置かれたマヨネーズと醤油を蒼真と奏の皿にかけた。
「…ほら、もっと美味いぞ」
そのまま立ち去ると、誠と食事を始める蓮。
「俺の唐揚げ…」
奏は絶望していた。
「……ぁ、イケる」
蒼真は唐揚げを食べると笑った。
「いや、食うんすか?!」
「食える。つーか、食っとけ、食わないと午後の模擬戦でアイツにボコボコにされるぞ」
こそこそと話す蒼真。
「ぇ、性格悪…」
しかし、その声は蓮に聞こえてしまっていた。
蓮は再び蒼真の元へ来ると、無言で大量のマヨネーズをかけていく。
「食えるよな?」
顔は笑っているのに、目の奥が笑っていない。
蒼真は小さく震え「食べます」と呟いた。
そんなやり取りを誠は笑ってしまった。
強くてかっこいい先輩達。
でも、こういうくだらない事ばかり普段はしていて
自分もいつか奏とこんな関係になれたらと思うのだった。
「おい」
いつの間にか橘教官が蓮の後ろに立っていた。
「寮、及び訓練所内の共用食品を私的に大量に使うと、どうなる」
呆れた顔をしながら言う。
「…1週間、寮、訓練所内の全てのトイレ掃除です…」
蓮が弱々しく呟いた。
「何度目だ、お前ら」
大きな溜め息だ。
「蓮、蒼真、奏、トイレ掃除な」
「俺達、被害者!」
声を張り上げる蒼真だが
「食っただろ」
と橘。
「理不尽!」
ハッハッハと橘教官は笑いながら食べ終えた食器を片付け去っていく。
がっくりと肩を落とす3人を哀れな目で見る事しか出来ない誠であった。
騒がしい昼食のあと、訓練場へ集まる訓練生たち。
3年目と1年目合同の訓練であり
1年目の見極めでもある。
「なぁー蓮。誠どー思う?」
壁にもたれ掛かりながら蒼真が口を開いた。
誠たち1年目の訓練生は訓練場の反対側だ。
「…他の奴らよりセンスはある。太刀筋も正確だ」
「いや、そうじゃなくて。連れて行けるかどうかだよ」
そっちか。と蓮は目を伏せた。
「まぁ…俺かお前に一撃でも当てられれば…かな」
「だよなー」
蒼真は頭をかいた。
「あいつの目はあった方がいい」
「同意だ」
誠の観察力はあの葛城にも匹敵するものがあると橘教官も認めている。
蓮程の冷静さはないが、無茶な突っ込みもしない。
それも必要な力だ。
「…奏はどうだ」
今度は蓮が蒼真に聞いた。
「うーん…実力的には問題なし。ただ、熱くなると前が見えなくなる。突っ走る」
蒼真は目を閉じ、呟く。
「……危うい…かな」
蓮も全く同じ考えだった。
奏は1年目の中でもズバ抜けたセンスがある。
そこに努力も重ねている。
「手加減は、なし。だな」
蓮が拳を握りしめ呟く。
「当たり前だろ」
蒼真は閉じていた目を開けると真っ直ぐに視線を奏と誠へ向けた。
—「始めっ」
1組目の模擬戦が始まった。
やはり、1年目と3年目。
攻撃も読みもかなりの差がある。
そして、蒼真と蓮の同期生だ。
2人とも幾度となく模擬戦を繰り返して来ている。
今期の1年目が3年目を相手に一撃を入れるのはなかなか難しい。
2組、3組と模擬戦は続くが…
一撃を入れることの出来る1年目は現れない。
「やっぱり3年は強いな…」
「だってよ…あの蒼真さんと蓮さんがいる代だぞ?卒業したら、本部精鋭部隊の配属、決まってるんだぞ…」
「天音総統の直属精鋭部隊…すげぇよな…」
「卒業と同時は初の快挙だって…」
そんな会話が奏と誠の耳にも届く。
「…奏さん、僕、蒼真さんに一撃なんて無理…」
「分かんないだろ。お前は何度も蒼真さんと模擬戦してるじゃん、癖とかあるかもじゃん」
奏は軽口だったが、目は真剣だった。
やる前から諦めるな。と誠を励ましてくれているようだ。
「それよりさ…2人の視線、めっちゃ怖いの、なんで?」
「それ、僕も思ってました…」
奏と誠に敵意剥き出しの視線を送る蒼真と蓮。
模擬戦への気合いと言う感じでもない…。
「なんか、狩ってやる。って目をしてません?」
「してるな…」
そして---奏と蓮の順番が回ってくる。
そのタイミングで天音と橘が訓練場へとやって来た。
(…わざわざ、来たのか…)
蒼真は心の中で舌打ちをした。
天音が来たと言うことは自分と蓮も見極められるという事だ。
「では、始めっ」
教官の号令と共に奏が一歩踏み込み、木刀を振る。
だが、ひらりと躱される。
「剣筋、甘い」
背後から蓮の声が聞こえる。
—瞬間、衝撃。
背中を蹴られ、飛ばされそうになるが何とか踏ん張り、振り抜く。
「遅い」
簡単に木刀が交えられ、蓮の拳が奏の腹に入る。
「ッ!!」
吐き気を堪え、奏は後ろへ後退し1度距離を取る。
「…なんなんすか…いつもより速いすね」
「無駄口叩く余裕あるか?」
蓮は言い終わると、距離を詰める。
一撃、二撃と連撃を繰り出す。
「…ッ!!…クソッ!!」
何とか防ぐも、フェイトが入ると釣られてしまう。
木刀が肩に落ちる。
(いつもと違う…めちゃくちゃ速いッ!…でも…)
正確な攻撃をする蓮にも癖がある。
何度も模擬戦や組手を繰り返したからこそ、分かる奏が見つけた癖。
そのタイミングさえ、逃さなければ、届く。
—だが、その時はなかなか訪れない。
「蓮、成長してるな」
模擬戦を見ながら天音が呟く。
「癖は指摘して、修正済みですからね。訓練中はわざと癖をそのまま奏に見せてるみたいですけど…焦りさえなければ、今の蓮に隙は生まれない」
「奏がどれだけやれるか、か…。蓮、性格悪いな」
天音は少しだけ微笑んでいた。
何度目だろうか。
床に叩き付けられ、打撃を打ち込まれ、身体中が痛む。
それでも、奏は折れなかった。
この模擬戦、先輩へ一撃当てるか、参った。と言うまで終わらない。
いつもなら、ここまでやられたら参った。と言っていただろう。
だが、蓮の視線がずっと鋭い。
簡単に参ったと言える目じゃない。
そんな事を言ったら、殺すぞ。と脅しかける目だ。
「…はぁっ…はぁ…」
呼吸が荒い。
心臓がいつもより、早く脈打つ。
蓮も少しだけ、息が上がっている。
「…終わりか?」
額の汗を拭いながら、蓮が言ったその時だった。
奏が一瞬で蓮の間合いに入り込む。
蓮は一瞬、反応が遅れた。
蓮の木刀を薙ぎ払う。
—そして、肩へ一撃。
「そこまでっ」
教官の合図と共に蓮と奏の模擬戦が終了した。
蓮に生まれた一瞬の隙。
それを奏は見逃さなかった。
「…はっ…やったぜ…」
奏は肩で呼吸をしながら、どうだと言わんばかりに蓮を睨みつけた。
「よくやった」
奏の肩を叩き、蓮が言う。
「……褒めた?」
キョトンとする奏。
今、この人、俺の事褒めた?
初めての出来事に理解が追いつかない奏。
蓮はそんな奏を置き去りにして蒼真の元へ戻る。
次の組が模擬戦を開始した。
蒼真と誠の順番は1番最後だ。
蒼真は軽口を叩く事も無く、集中しているようだ。
時折見せる蒼真の集中力は凄い。
「蒼真」
「あ?」
「お前の癖、気をつけろよ。特に視線と表情」
「俺の顔どんだけ見てんだよ」
「3年、見てる」
蒼真は少し嫌そうな顔をしたが、それもそうか。と少し笑う。
「誠は見てるもんなぁ…俺は蓮みたいに器用に出来るか分かんないけど…。俺、正直者だから」
蓮は嫌味か。と思ったがそれ以上は言わないことにした。
そして…誠と蒼真の順番となる。
対戦位置に着き、蒼真と視線を合わせた誠は背筋が凍った。
—蒼真さんじゃない。
鋭い目つき。
感情を読み取らせない表情。
この顔は…天音総統の顔だ。
「始めっ」
合図と共に、蒼真が踏み込み木刀を振り込む。
誠にもこの動きは読めていた。
—ガンッ!と音を立てて木刀が交わる。
止めれた…でも、一撃が重い。
衝撃で腕が痺れ、力が一瞬、抜けた。
蒼真はそれを見逃さず、誠の木刀を弾き、蹴りを入れる。
誠の体が後方へ飛ぶ。
「…っ…!」
速い、重い…..。
弾かれた木刀を拾いあげる。
誠が距離を詰め、振り抜く。
だが、簡単に躱される。
連撃も簡単に捌かれる。
(…レベルが違いすぎるっ。いつもの視線の癖もないっ…どうしたらいい?!)
開始時から蒼真の表情は読めないまま、攻める時に視線が動く癖も出ない。
ただ、真っ直ぐ…射るような鋭い視線だけ…。
誠は打開策を考えながら、蒼真に向け木刀を振る。
だが、何度も飛ばされ、投げられる。
それでも諦めなかった。
模擬戦の開始時から変わらない、鋭い真剣な目つき。
諦めずに立ち向かえ。と言っている気がした。
「蒼真も意地悪だねぇ」
観戦する天音がニコニコしている。
「1番分かりやすい癖をちゃんと潰せてますね」
「少しは、成長したか…」
「っていうか、お前楽しんでんだろ」
天音が蒼真と蓮の見極めと言うより、純粋に模擬戦の観戦を楽しんで居るようにしか見えない橘は釘を刺した。
「参加しちゃ、ダメ」
「………はい」
息子の模擬戦となると天音はいつも参加してくる。
過去に1度、蒼真を吹っ飛ばし、骨折させている。
今日、蒼真に怪我をさせる訳にはいかない。
防戦一方な誠。
蒼真が距離を詰め、連撃を繰り出す。
何とか受け、防ぐと気がついた。
この連撃パターンは…必ず決め切る時に大きく動く分、左側が空く。
その瞬間だ。
蒼真の動きが大きい。
左が空いている…。
–バンッ!
誠の木刀が蒼真の胴へ打ち込まれた。
「…ッ痛ぇな、おい!」
「はい、そこまで」
蒼真の文句と同時に教官の声がかかった。
「…今、一撃…」
誠はこれが本当に現実?と言うような顔をしている。
「入ったぞ」
蒼真が誠の頭にぽんっと手を置く。
その表情はいつもの蒼真だった。




