完結編第21話 食らいつけ
車内は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かだった。
エンジン音だけが響く。
誠は窓の外を見つめながら、自分の胸を押さえた。
まだ鼓動が速い。
『……誠、よく見てた』
蓮の一言が、何度も頭の中で繰り返される。
その沈黙を破ったのは奏だった。
「……俺、全然ダメだ…」
珍しく弱い声だった。
奏の握られた拳が震えている事に誠は気がついた。
「あの…蒼真さん…」
「話は任務終わったら聞く」
珍しく、蒼真が淡々と話す。
運転の為、その表情は奏には分からなかった。
それから十分ほど走った頃だった。
「見えた」
蓮の低い声に、全員が前を向く。
高い塀に囲まれた東地区支部の門が、朝日に照らされていた。
「黒瀬、久遠、沖田、藤堂の4名。文書のお届けでーす」
門番にいつもの軽口で蒼真が言う。
すぐに門が開き、支部の玄関前に車を停車させ4人で車を降りる。
丁度、人も出てきた。
「本部より、お預かりしました」
蓮は封筒を取り出し、手渡す。
「確かに、受け取った」
ご苦労。と告げると、中へ戻って行く。
「帰ろう」
蓮が呟くと、4人は車へ乗り込む。
少し走ると誠と奏は寝てしまった。
「…ったく…ガキにも程があるだろ」
蓮がため息をついた。
「まぁー気ぃ張ってたんだろ。…後で奏、怒ってもいいか」
先程の戦闘の事だろう。
明らかにあの後から、蒼真の軽口が減っていた。
あの場でも怒れた。
だが、それをしなかった。
任務中と言うこともあるが
指導係と指揮者としての俺への配慮だろう。
「好きにしろよ」
蓮はそれだけ告げた。
連盟本部に帰り、葛城へ任務完了報告を行う。
問題なく報告が終わると4人は寮へ向かう。
会話はなく、静かだ。
「……あのっ、さっきの戦闘中すいませんでした」
口を開いたのは奏だった。
「…奏、お前さ任務の中にどういう意味があるか分かるか?」
蒼真だ。
「任務の意味…?…命令を果たす事、ですよね?」
それしかないじゃないか。
他に何があるんだ?
「それは最終目的だ。”死なない事”が意味だ」
「お前が突っ立たあの瞬間、俺が動かなきゃ、お前は死んでた」
「現場で…余計な事は考えるな!!自分が死んだらそのチームの任務はたとえ目的を成し遂げても失敗なんだよ!!」
蒼真が怒鳴った。
蒼真の目は本気だった。
(蒼真が本気で怒るのは、あの時以来だな)
理不尽なペナルティで俺がイライラして
蒼真を”お坊ちゃま”と呼んでしまった…。
そして、蒼真は1人で先に行ってしまった。
「あと、隊長の判断を増やすな。…あの時、俺も飛び出そうとしてた」
蓮も付け加えた。
だが、冷静だ。
蒼真の後を追い掛けていった。
奏と誠は何も言えず
そのままその場に立ち続けていた。
その夜。
珍しく、奏の姿は食堂にも部屋にもなかった。
寮の裏手、誰もいない訓練場の端に、一人座り込んでいる。
膝の上には、今日使ったナイフ。
「……ダセぇ」
小さく吐き捨てた声は、自分に向けたものだった。
「寝ないんですか?」
誠だ。
姿の見えない俺を探して来たんだろうか…。
「……俺だけ、何も出来なかった…死ぬとこだった」
任務と聞いてから浮き足だっていた。
遠足気分のような感覚があった。
任務内容も文書を届けるだけと聞いて
襲撃があるとも思わなかった。
だけど…あの2人は違った。
任務内容を聞く前から、2人はいつもと違ってた。
それなのに俺は何も気付かず、戦闘中すら…。
「何も、じゃないですよ。奏さん、蒼真さんと車から飛び出した時、かっこよかった。敵をしっかり倒してた」
違う。
暇な任務で、楽しいと思ってしまった。
「僕なんて、地図見てただけです」
ははっと誠は笑った。
「行けと言われても、僕は飛び出せたかどうか、分かりません」
臆病で、戦闘中も震えながら見ていた。
行けと言われなかった事に安心すらしていた。
「……あの2人は俺たちと覚悟が違うんだろうな」
「そうですね…でも、僕は追いかけたいです。蒼真さん、蓮さん、そして奏さんも」
誠は奏の目を見つめ、はっきりと言った。
「俺も。蒼真さんと蓮さん、追いかける。そして、誠は置いてく」
不敵に奏が笑った。
お前になんか負けない、と誠を見つめた。
「それでも、追いかけますよ僕は。……あれ、今、名前で蓮さん呼びました?いつも、黒瀬さん…って」
「いや、違っ…!……だって、あいつも俺を助けようとしてたんだろ…認めるしかねーじゃん」
少し照れながら奏は呟いた。
しかし、「嫌いだけどな」と付け加えた。
素直じゃないなぁ。と誠は笑った。
「……ガキなりに考えてんじゃん。ねっ蓮さーん?」
訓練場から少し離れた場所で
奏と誠の様子を見ていた蒼真と蓮。
「明日には、また騒ぐだろ」
「それでいいじゃん。ずっと気ぃ張ってたら潰れるだろ。ねっ、蓮さん?」
蒼真はニヤニヤしながら蓮を”さん”付けで呼ぶ。
「気持ち悪いからやめろ」
「嬉しいくせに」
蒼真と蓮は自主練習を始めた2人を見つめ、寮へと戻った。
「まぁ…続くなら、本物だろ」
蓮がぽつりと呟いた。
—翌朝。
蓮はいつも通り、ランニングに行こうと寮の玄関を開けた。
そこには…既に奏が待ち構えていた。
いつもは自分の方が先なのに…。
「……マジか」
「遅いっすよ、蓮さん」
強い眼差しだ。
少し、蒼真に似ているな。と蓮は思った。
「遅れるなよ」
それだけ言うと蓮はいつものように走り出した。
「置いてくなよ!」
「置いてく」
だが、蓮の顔はどこか満足気だ。
(食らいつけよ、奏。…ついてこい)
2人は朝霧の中、静かに走り出した。




