完結編第19話 夜明け前の四人
「蒼真ぁぁぁぁ!!!!」
蓮の叫びが寮の廊下に響きわたる。
ビクッと蒼真は立ち上がりそのまま逃げ出した。
「待てコラー!!」
「うおぉぉぉぉ!!!!蓮、怖ぇぇぇ!!!!」
鬼の形相で迫る蓮から必死に逃げる蒼真。
「お前らうるせぇ!」
「また、やってんのかよ!」
同期の訓練生がヤジを飛ばす。
でも、みんなが笑顔だ
蓮から逃げ、蒼真が辿り着いたのは寮の屋上だった。
夜空の星が光り輝いている。
「……っはぁ…お前、速いんだよっ。おい、マヨネーズどこにやった…」
息を切らした蓮が追いついて来た。
「そんな事より、星、見ようぜ」
「はぁ?」
まぁ座れよ。と蒼真に促され、蓮は素直に座った。
この場所は…。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのは蒼真だった。
「あの2人さぁ…ちょっと似てるよな、あいつらに
」
あいつら…天馬と紫苑…。
確かに…誠の努力は紫苑に似ていて
奏の空気を和ませる所は天馬に似ている。
「…まぁ、な」
「あの2人と話してるとさ、楽しいんだよ」
蒼真は少し俯いた。
「…思い出しちゃってさ、ここに蓮と来たくなった」
「…次の任務、あいつらとだろ」
訓練生3年目となると小さな任務を任せられる事が増えた。
1年目の2人も他に比べると実力があると橘の見込みから次の任務への同行が決まっていた。
もう、失いたくない。
何が起こっても。
蒼真と蓮は2人とも言葉には出さなかったが
心の中で気持ちは揃っていた。
「おい」
背後から低い声。
もう何度も聞いてきた…橘教官の声。
「「すんません」」
恐ろしさで振り向くことも出来なかったが
2人の声が重なっていた。
「お前らまたここか…何度目だ。お前ら猿か?ここは猿山か?」
少し間を置いて、橘は鼻で笑った。
「……今日から猿山屋上だな」
「いや、何それwwwダサいwww」
蒼真が腹を抱えて笑う。
「猿って…!蒼真はともかく…」
蓮は顔が真っ赤になっている。
「騒いで寮の規則破って、猿だろ。…そんなに体力余ってんなら、明日の任務、大丈夫だな」
橘が大きなため息をついた。
「まぁ、でもこの星空はいいよな」
橘は少しだけ目を細めた。
天音との訓練生時代…自分も規則を破り、屋上に天音と来ていた。
「あれ…ペナルティは…」
恐る恐る、蒼真が聞いてくる。
「したいのか?本当に体力余ってんだな」
ははっと橘が笑う。
「いや、したくない」
「同じく…」
そんな2人と橘はしばらく星を眺めていた。
夜風の音だけが響いた。
「明日の朝、奏と誠連れて本部に来いよ」
それだけ言うと橘は屋上を後にした。
ペナルティのない理由が分からない2人だったが
命拾いした…と胸を撫で下ろした。
翌朝、本部前にはまだ冷たい風が吹いていた。
石畳の広場に、四人の姿が並ぶ。
誠は背筋を伸ばし、既に準備を終えている。
蓮は腕を組み、無言で周囲を見ていた。
蒼真は壁にもたれ、欠伸を噛み殺しているが
「……眠ぃ…」と呟く。
そして——
奏だけがしゃがみ込み、露骨にやる気を失っていた。
「立て」
蓮の低い声が飛ぶ。
「まだ説明前っすよ」
「だからだ」
「意味分かんねぇ」
誠は小声で奏へ言った。
「だから、早めに寝ようって言ったのに…」
「うるせっ」
2人には任務が決まった後、すぐに話をしていた。
奏はどうやら寝付きが悪かったらしい。
蒼真が笑いながら肩をすくめる。
「若いねぇ」
「蒼真さんって意外と朝起きれるんですね」
朝の自主練とかは絶対、起きないのに…。
「任務だからな」
その時、本部の扉が開いた。
重い足音と共に現れたのは葛城だった。
「パイセン、久しぶりっす」
「お久しぶりです、葛城先輩」
蒼真と蓮が頭を下げて挨拶をする。
誠も2人に続いて慌てて頭を下げた。
奏だけは少し遅れて座ったまま挨拶をする
蒼真と蓮の先輩と呼ばれる葛城に視線を向けた。
「どうやら、やる気のないのがいるな」
低い声に、奏が慌てて立ち上がる。
「すいません」
奏は謝りを入れた。
「蓮、ちゃんと指導しろよ」
「してます」
蓮が即答した。
「蒼真より、厄介な奴です」
「おい」
「ああ、それは大変だな」
はははっと葛城は笑ったが、すぐに真面目な顔に切り替わる。
「…さて」
葛城は一枚の封筒を掲げた。
黒い封蝋で閉じられた厚い書簡。
「今回の任務は、これを東地区支部まで届けることだ」
誠がごくりと喉を鳴らす。
奏は眉をひそめた。
「……文書?」
「重要文書だ」
「えぇー、地味……」
「帰るか?」
「行きます」
即答だった。
蒼真が吹き出す。
葛城は続けた。
「内容は聞くな。開けるな。落とすな。奪われるな」
視線が四人を順に射抜く。
「今回は蓮を指揮役とする」
奏が露骨に嫌そうな顔をした。
「マジか……」
「何か問題あるか」
「感じ悪いくらいしか——」
「あるんじゃねぇか」
蓮の声が冷たく落ちる。
誠は慌てて一歩下がった。
蒼真は楽しそうに笑っている。
「移動は車、運転は蒼真。東門から支部へ向かえ」
葛城は封筒を蓮へ渡し、蒼真に車のキーを渡す。
蓮に手渡された封筒を奏は食い入るように見つめていた。
「途中で何かあれば、蓮、お前が判断しろ」
「……はい」
短く答える蓮の顔に、いつもの軽さはない。
奏もその空気に、少しだけ姿勢を正した。
「出発は今から十分後」
葛城は踵を返し、数歩進んでから足を止める。
「……あと奏」
「はい?」
「文書は食えないぞ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、蒼真が腹を抱えて笑い出した。
誠も吹き出しそうになり、必死に堪える。
奏は真っ赤になった。
「食わねぇよ!!」
葛城は振り返らないまま、片手を軽く上げて本部へ戻っていった。
残された四人に朝日が差し込む。
蓮は封筒を懐へ収め、三人を見る。
「行くぞ」
その一言で、空気が変わった。
蒼真は笑みを消し、背筋を伸ばす。
誠は深く息を吸う。
奏は鼻を鳴らしながらも、しっかり前を向いた。
訓練ではない。
四人の任務が、今始まる。




