完結編 第13話 間に合わせる
訓練場に、乾いた音が響いていた。
——キィン。
——キィン。
規則的な金属音。
「……誰だよ、こんな時間に」
訓練生の一人が、顔をしかめる。
「さぁ……教官か?」
だが——
その動きは、違った。
無駄がない。
正確すぎる。
「……え」
「……蓮?」
その名が、ぽつりと漏れる。
蓮は、振り返らず、ただ——
剣を振り続けている。
「おい……お前、大丈夫なのかよ?」
「大怪我したって聞いたぞ?」
ようやく、蓮の手が止まった。
蓮はゆっくりと訓練生の方へ向いた。
「問題ない」
「いや……問題あるだろ」
訓練生から苦笑が漏れた。
だが——
誰も、近づかなかった。
理由は、分からない。
踏み込んではいけないと感じたのだ。
「……なんか、怖くね?」
小さな声でもう1人の訓練生が呟いた。
「バカ、聞こえるぞ」
だが、蓮は再び、剣を構えた。
——キィン。
——キィン。
さっきと、同じ音。
同じ速度。
同じ軌道。
「……」
誰も、何も言わずに時間が流れた。
ただ——“何かがおかしい”とだけ、感じていた。
「……やっぱり、ここか」
その声に——
蓮の動きが、わずかに止まるが
振り返らなかった。
「……戻ったのか」
短い言葉
蒼真は、少しだけ笑った。
「まぁな」
2人の間に沈黙が流れた。
蓮は再び、剣を振りだす。
——キィン。
「……無理すんなよ」
ぽつりと、蒼真が言う。
その瞬間——
「してねぇ」
被せるように返ってくる蓮の言葉。
蒼真は、何も言わず
ただ、ゆっくりと歩み寄った。
「……なぁ」
蓮の動きが、止まる。
「……俺らさ…っ…」
言葉が、一瞬詰まった。
「間に合わなかったな」
風の音だけが、通り抜けた。
「……違う」
低い声だ。
「間に合わなかったのは——」
「俺だ」
蒼真は、目を細めた。
「……違ぇよ……俺もだ」
蒼真はそれ以上、何も言わなかった。
ただ--蓮の隣に立った。
「……戻るか」
蒼真が言う。
蓮は、少しだけ間を置いて——
「あぁ」
剣を下ろした。
朝の訓練所は、いつも通りだった。
掛け声。
笑い声。
足音。
何も変わっていない。
「おはようございまーす!」
元気な声が響く。
その中に——蒼真と蓮はいた。
「……」
特に会話はない。
ただ、そこにいるだけ。
「なぁ、聞いたか?」
「何が?」
「蒼真と蓮、戻ったぞ」
「マジかよ……1ヶ月近くって…どんだけヤバい任務だったんだ?」
軽い会話。
「天馬も一緒だったよな?」
蒼真の足が、ほんの一瞬だけ止まった。
だが——すぐに、歩き出した。
蓮は、何も反応しない。
ただ——
「……3秒遅い」
隣の訓練生に、ぽつりと言った。
「え?」
「今の動き」
誰も、それ以上触れなかった。
ただ——
“何かが違う”とだけ、感じていた。
訓練所の中庭にその人は居た。
他に人の気配はない。
「……橘教官」
名前を呼ぶと、
壁にもたれていた男が、ゆっくりと視線を上げた。
「なんだ」
短い返事。
蓮は、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
蒼真は隣で橘を真っ直ぐに見ている。
「……紫苑は?」
橘は、答えなかった。
ただ、煙草の灰を落とした。
「……戻ってねぇ」
「……どこ行ったか、分かってんだろ」
蒼真の声が、少しだけ低くなった。
橘は、目を細めた。
「……分かってたら、連れ戻してる」
「……」
「任務は終わってる」
「だが——」
「戻るかどうかは、あいつ次第だ」
蓮の拳が、わずかに震えた。
「……ふざけんなよ」
だが——それ以上、言葉が続かない。
橘は、2人を見た。
「探すな」
「今のお前らじゃ、辿り着けねぇ」
沈黙が流れた。
「……じゃあ、どうすればいい」
蒼真の問い。
橘は、少しだけ間を置いて——
「強くなれ」
橘はタバコを消すとその場を立ち去った。
2人の間には沈黙が落ちた。
「……探さねぇのかよ」
蒼真の声。
「……無理だろ」
蓮が、短く答える。
「今の俺らじゃ——」
言葉が途切れる。
「……辿り着けねぇ」
蒼真は俯き、拳を握りしめた。
「……でもよ」
蒼真が、顔を上げる。
「このままってのは、違ぇだろ」
蓮は、少しだけ目を細めた。
「……あぁ」
「……強くなるしかねぇな」
「次は——」
「間に合わせる」
蓮は、何も言わない。
だが——その眼には蒼真と同じ色が宿っていた。
—失ったものの先で。
まだ、終わっていない。




