完結編第12話 逃げない
——音が、ない。
視界の中で、何かが起きている。
だが、それが何なのか——
理解が追いつかない。
足元に倒れた影。
見慣れたはずの、その姿。
「……」
名前を呼ぼうとして、
声が出ない。
いや——
呼ぶ必要がない、と
どこかで分かっていた。
——敵の動きが、止まった。
「……撤退だ」
誰かがそう言った。
次の瞬間——
一斉に、消えていく敵。
まるで最初からいなかったみたいに。
静寂が落ちた。
さっきまでの銃声も、悲鳴も、
嘘みたいに消えている。
煙だけが、残っていた。
「……っ……」
葛城の喉から、かすれた声が漏れる。
「……なんで……」
止めようとした。
分かっていたはずなのに。
「……なんでだよ……」
その場に膝をつき、顔を覆う。
後方から辿り着いた蒼真と蓮の足が止まった
「……っ……」
視線の先。
分かってしまった。
「……は……」
力が抜ける。
そのまま——
膝から、崩れ落ちた。
「……くそ……」
蓮もまた、立っていられなかった。
呼吸が乱れる。
「……間に、合わなかった……」
その中で——
一人だけ。
動かない影があった。
紫苑は、動かない。
足元にある影を、ただ見下ろしている。
「……」
何も言わない。
ゆっくりと、一歩近づく。
だが——
手は、伸びなかった。
「……そうか」
それだけ、呟いた。
次の瞬間——踵を返した。
「おい、紫苑……!」
誰かの声。
だが——止まらない。
振り返らない。
そのまま、煙の中へ消えていった。
部屋は、静かだった。
時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。
——カチ、カチ、カチ。
時間は進んでいるはずなのに、
自分だけが、止まっているみたいだった。
天井を見つめる。
何も考えていない。
いや——
考えないようにしていた。
「……」
名前を呼ぼうとした。
だが——声が、出ない。
喉の奥で、何かが引っかかる。
それ以上、先に進まない。
涙も、出なかった。
おかしいと、思う。
こんなはずじゃないと、
どこかで分かっているのに——何も、感じない。
手を、ゆっくりと握った。
震えている。
だが——それが、何のせいなのか分からない。
“あの瞬間”だけが、
頭の奥に、こびりついていた。
赤い視界。
倒れている影。
呼んだはずの声。
——そこで、止まる。
それ以上、思い出せない。
思い出そうとすると——頭の奥が、拒否する。
「……っ……」
息が、詰まる。
だが——涙は、出ない。
ただ、何もない時間だけが、過ぎている。
「……蒼真」
天音がいつの間にか部屋の中にいた。
ノックをされていたのかさえ、分からない。
「……」
蒼真は何も答えなかった。
視線も天井に向けられたまま、天音の顔を見ようともしなかった。
「戻る気があるなら来い」
「……」
時計の音だけが部屋に響き、時間だけが過ぎていく。
「……俺もな」
天音が、ぽつりと呟いた。
「何も感じなかった」
「泣けなかった」
蒼真の指先が、わずかに震えた。
「……でも——」
「それは、終わってないだけだ」
「……っ……」
声が出ない。
呼吸が乱れる。
「……っ……あ……」
次の瞬間——涙が、溢れた。
止まらなかった。
「……っ……なんで……」
「なんでだよ……!!」
天音は涙が止まらない俺をただ、黙って見ている。
「……俺……俺は……」
言葉が詰まって、上手く喋れない。
逃げようと思えば、逃げられる。
このまま、何も背負わずに——。
蒼真はゆっくりと立ち上がり、拳を握りしめた。
拳が震える。
「……逃げねぇ」
「全部……背負う」
その言葉だけは、はっきりしていた。
足は、まだ震えている。
それでも——前を見た。
天音は蒼真の眼を見ると眼を細めた。
「……それでいい」
—逃げない。
あの背中が、まだ目の前にある気がした。
たとえ、この先に何があろうとも。




