寒い朝
【世界一きったねえ水路】
建成にしてみれば、ここにくるのはえらく久しぶりな気がする。
「こっちだ。ついてこい」
ベーゼンドルファーが案内したのは、
彼がこの城にて初めて脱獄を試みた、例の梯子だった。
言われてみれば、自分はモアーの扉を開けてない。
こんな簡単な事に気が付かなかったのは、結局建成を出し抜いて一人で脱獄するには、
さまざまな苦行をこなした後に『モアー』を一人で倒せる自信がない……否、そんなことは非現実的だと思っていたからである。
結局、盗賊のプライドが、ゴールを遠ざけていたのだ。
……例えフィジカル一辺倒の脳筋である建成とは言え、150mの雲梯をこなした後に200mをダッシュし、20mのロープを登った後に着衣泳をこなし、
その後であの緑色の怪物を倒せるとは到底信じがたい。
しかも、エリーを背負っていくのだという。
それと、片腕を怪我している……
「なあ、その……も一回仕切り直した方がいいんじゃないか?」
「なぜだ?」
「いや……お前その腕……」
建成は、さっき自己流ではめた肩を、自然に左腕で抑えていることに気がついた。
左手からは、馬に噛まれて怪我をしている部位から血が滲んでいることに気がついた。
しかし、建成から飛び出た言葉は、脳筋が聞いても斜め上をいくベクトルの物であった!
「……これがどうかしたか」
「……な!? いや! 無理だ! 時間の無駄だ!」
「無理とはなんだ? 時間とは? それよりももっと大事なことがある」
「いいやない! お前、スタンウェイ嬢ちゃんを背負って20分そこらでフラフラだったことあるじゃねえか!!
今から挑む場所は、そんなもんじゃ済まされないぞ!!」
「わかっている! 大丈夫だ! 俺にはお前たちの世界で言うところのチートスキルを持っている!」
……チートスキル? 聞いたことがないぞ?
「そんなものがあるなら最初から言えよ!!」
「そうではない。この城と向き合っているうちに覚醒した……いや、持っていることに気がついたんだ」
ますますわからない。
「……それは、どんなスキルだ? 回復魔法か? 痛みをシャットアウトする呪文か?」
「そうではない。 ……『意志の強さ』だ」
「ああ?」
「嫌なことでも乗り越えてやる、と、食らいつく能力だ。
思えば……俺は現実世界で雨が降っている寒い朝が好きだった」
「?? ?? なんの話をしている? 」
「雨が降る寒い朝に、外でトレーニングしようと思う奴はいないだろう? 走れば靴は濡れるし、素振りをすれば木刀だって痛むし、
体も冷えるし、関節だって痛くなる。
そんな日に甘えが出ない奴はいない。……
だからそいう逆境を俺は常に求めていた。 そういう奴らと差をつけるためにな」
「い……いやいや! それはスキルじゃないぞ!? 多分!! 」
「根性論だと笑うか!? ……俺の最強の定義は魔術なんてものではなくて、根性だがな」
馬鹿だ! やっぱりこの男は、天井知らずの馬鹿だ! そして自分勝手で、傲慢で、頑固だ!
おおよそ勇者と呼ぶのも憚れるような馬鹿だ!
「議論は尽くした。案内しろユーレイ」
ベーゼンドルファーは諦めてため息をついた。
「そこの梯子だ。登れ」
建成、ベーゼンドルファー、エリーは、梯子を登った。
【悪意に満ちた『雲梯』150M】
ベーゼンドルファーからしてみれば、実に懐かしい景色である。
底が見えない謎の地形から、150M伸びている雲梯の先に扉がある。
「これは……これはすごいな」
「どうだい。根性じゃどうにもならん不条理もあるんだよ。受け入れたかい。
わかったらさっさと一度仕切り……」
と、ベーゼンドルファーが言い終わる頃には、建成はエリーを背負って雲梯の上をすごいスピードで走っていた。
「な……!! 正気か!! 馬鹿野郎!!」




