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脱臼


【気まずさのエレベーター】


 エレベーターホールで、ベーゼンドルファーは明らかに落ち着きを失っていた。


「……大丈夫か?」


 彼が動揺する様は、空気の読めない脳筋の建成にも伝わるほどだった。

ベーゼンドルファーの荒ぶる心音が、建成にまで聞こえきた。

まだそんなに大した運動をしていないのにも関わらず、

ベーゼンドルファーは大量の汗をかき、口で息をし、

建成の声が聞こえていないようだった。


(……これが恋か……)


 恋は盲目、恋は病、色々な喩え方をされる『恋』という実態を、

建成は、とりあえず健康には悪そうだ、と位置付けた。


 ベーゼンドルファーが生唾を飲み込むと、

エレベーターの扉が開いた。


 ……実に数時間ぶりの再会だ。

エレベーターの中で、楽しそうに本を読んでいた。


『今、屋台ラーメン商法がアツい! 東京エリア』、


 ……などというタイトルの本を読んでいた。


「……エリー」


 覚悟を決めたベーゼンドルファーが話しかけるが、エリーには聞こえていないようだ。


「エリー?」


「……」


 全く反応を返さないエリーに、ベーゼンドルファーはラーメン屋が嫌がりそうなスラングめいたセリフを吐いてみた。


「大将。醤油ラーメン、スープ薄め、メンマ、チャーシュー抜きで」


 するとエリーは鬼の形相でベーゼンドルファーを睨みつけ


「帰れ!!」


 と啖呵を切った。そして、目があった。実に数時間ぶりである。


 エリーはベーゼンドルファーを見るや否や我にかえり、

平手打ちで別れた気まずさ、その癖すでにラーメン屋の女将ぶっている姿が恥ずかしくて、

思わず後退り、エレベーターの壁に張り付いて震え出した。


 全く同じことをしたいベーゼンドルファーであったが、

今の彼は事情が違う。


「エリー、……聞きたいことがあるんだ……」


 エリーは震えながら首を横に振るばかりである。


 ……前から思っていたが、この二人はどのみちうまくいかねえんじゃねえかな……と、

建成は呆れ顔で眺めていた。


 このように、対岸の氾濫を呆然と眺める建成に、突然白羽の矢が立った。

エリーが建成にそばに寄るように手招いている。


「?」


 意味もわからず牽制はエリーの元に歩いて行った。

後ろからベーゼンドルファーの怒号が響く。


「うぉい!! 変なことしたらぶっ殺すからな!!」


「……俺が死んでも、王の間からやり直すだけだぞ?」


 脳筋に諭された!! く……!!

ベーゼンドルファーは悔しさに拳を固めた。


 一方の建成は、幼稚園児レベルの恋に挟まれ『面倒くせえ!!』と思っていた。


 建成が、エリーの側まで行くと、耳元に小さい声で何かを囁かれた。


「……『なんですか?』といっておる」


 まさか、自分を通訳として使う気か!? どこまで幼稚園児の恋なのだ!!

しかし、これを乗り越えない限り城から出られないと理解している建成は辛抱強く通訳係を買って出た。


「エリー、君は、この城のプログラムなのか……?

 ああ、その……呪いが解けたら君は消えてしまうのか!?」


 ベーゼンドルファーの質問に、実に3分の思考を費やし、エリーは建成に囁いた。


「……『わかりません』といっておる」


「だったら、この城に来る前のことを教えてほしい! 産まれは!? 家族は!? ここに来るまで何をしていた!?」


 その質問に答えるまでに、また3分費やした。そしてまた、エリーは建成に囁いた。


「……『忘れました』だそうだ」


「なあ! エリー思い出してくれ! 重要なことなんだ!!」


 ついにベーゼンドルファーは身を乗り出してエリーに近づいた。

怖くなったエリーは、建成を突き飛ばし、エレベーターから逃げていった。


 建成は、先ほど馬に噛まれた方の腕を強く壁にぶつけ、肩を脱臼した。


「エリィィィィ!!!!」


 ベーゼンドルファーは叫ぶが、エリーは振り返らない。

建成は、声も出ないほどの痛みに悶えていた。


 誰も口を開けない時間が続いた。


 ……ややあって、エリーが申し訳なさそうにエレベーターに戻ってきた。

流石に、職場放棄をしたことが、彼女のプロフェッショナリズムに反したのかもしれない。


「エリー……やっぱりエリーは……ここの呪いが解けたら消えてしまうのか……」


 ベーゼンドルファーが主人公っぽいことを言っているのが嫌に鼻につく建成だったが、

腕と肩が痛くてそれどころではなかった。


 エリーは、自分が消えるのかどうかという、最も重要な事実など脳の片隅にすらなかった。

すでに彼女の脳内は、城から出てベーゼンドルファーを更正させる事しかなかったのだ。


「エ……エリーを連れていけ……ユーレイ」


「え?」


「後悔しない選択をしろ……待っているのが辛い現実だとしても……」


「しかし……」


「俺が……エリーを背負っていく……」


「正気か!? 『裏口』はお前が思っているより数倍困難だぞ!?」


「……いいんだ……このまま帰れても……お前らのことが気になって現実世界でも落ち着かん……」


「お前……」


 するとエリーは、自らベーゼンドルファーの元に寄り、精一杯の大声を出した。


「ルード(ベーゼンドルファー)……連れていって!!」


「…… ……ああ!!」


 二人は硬く抱き合った。


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