人間は優しくされた分しか優しくできない。
「勇者建成! 私は確かに20分以内に……」
「あー! いい、わかってます! ちょっと急いでいるので端折っていいですか!?」
王座の間に戻された建成は、若干気が立っていた上に、相手の王の事をよく知らない事実が働き、
横柄になっていた。思わず周りの兵たちが互いに顔を見合わせる。
「……うむ。兎に角、20分以内に」
「わかりましたんで、そこの、脇の、扉? 次から開けておいてもらえます?
ついでにその奥にいらっしゃる魔術師殿の拘束も解いておいてもらったら助かります」
王の話をそっちのけで、喋りながら牽制は王の間の脇にある兵士詰所の扉を、業務的に開いて、
奥にいる魔術師スタンウェイの拘束を解いた。
「次から、ここの兵士がこの作業をやってくれているはずです」
「何か申し訳ありません勇者どの」
「いいんです。ところで足は? まだ痛みますか?」
「それが、足を捻ったのが如何せん王の間に来る前の事でしたので……」
「……それなら仕方ありません」
「申し訳ありません。こんな足では私は役に立たないかもしれません……」
「そんなことはありません。私一人ではこの城の現実を受け入れきれませんから」
「……勇者どのはお優しいのですね」
「……水木しげる先生がおっしゃってました」
建成は、最後の拘束を解いて、言った。
「『人間は優しくされた分しか優しくできないのかもしれない』……鬼太郎の言葉です」
「はあ……よくわかりませんが」
「それでは行きましょう。魔術師殿がいないと私は最初の廊下すら出られないのです」
【無限回廊】
「えっと……何番目の扉でしたっけ?」
「王の間から数えて69番目の右の扉です」
「そうでした。参りましょう。」
建成とスタンウェイは、明らかに設計上長すぎる廊下の、王の間から69番目の右の扉を開いた。
【『もう』と鳴く馬小屋】
「勇者どの。 ここの馬……おかしくありませんか?」
「変、というのは? 螺旋階段と廊下に挟まれた変な小屋だなあとは何度も思ってますが」
「そうではないのです。まあ、言われてみればそれも相当おかしな事ですが。馬なのに鳴き声が妙ではありませんか?」
「……あ、それはやっぱり、『変』でいいんですね? 俺はてっきり異世界ではこういうものなのかと……」
「変ですよ。『もう』なんて。猫じゃないんだから」
「…… …… ? ……まあいいです! 時間が惜しいのです。こんな臭いところはさっさと出ましょう」
建成とスタンウェイは、馬小屋の奥の扉を開いて奥に進んだ。
【くだらない螺旋階段】
「魔術師どの。ここは確か……下ってはいけないんでしたね」
「そうですね。下は行き止まりでした。この螺旋階段が早くも私にはトラウマです」
「では下るのはやめましょう。登りましょう。……テンションは下がりますが……
あ、ところで、ここを登り切ると、エレベーターがあるのでしたな」
「『エレベーター』……あ、あの狭く不思議な部屋ですね。たしか女性が常駐されている」
「そうです。……魔術師どの。どうします?」
「『どうします?』というのは……?」
「エレベーターを登ったら、なんやかんやあって、どこかの外に出たのでした。
今回はそこの探索をしますか?」
「『エレベーター』を下ると……どうなるのですか?」
スタンウェイが訪ねると、建成は首を傾げた。
「あれ……どうなるんだっけ……どのみち、その先にはそのーなんでしたっけ? 緑色の怪物がいました」
「『モアーの間』があったという事ですね。その前には、何か部屋がありましたか?」
建成は首を傾げて頭を上下させたが、どうしても当時の絵が出てこない。
「覚えてないなあ……」
「では勇者様。今回は『エレベーター』で『下』に行ってみて、そこの探索をするというのはいかがでしょう?」
「そうですね! そうしましょう!!」
建成とスタンウェイは、螺旋階段を登った。
【気まずさのエレベーター】
エレベーターには、いつもの女性が、全く変わらぬ表情で機械的かつ業務的にそこに立っていた。
「上に行きますか? 下に行きますか?」
エレベーターガールの無機質な問いに建成は……
「今日は下で!」
と言った。
建成とスタンウェイ、そしてエレベーターガールを乗せたエレベーターが城を降りていく。
……その景色で牽制は思い出した。
「……あ!」
「どうなさいました? 勇者どの」
「しまった! この先は……!!」
と、建成が言い終わる頃には、エレベーターは止まり、扉が開いた。
【世界一きったねえ水路】
その水路は、この世界のすべての汚いものを溜め込んだかのような景色。匂いであった。
家系ラーメンの流し場の排水管。郊外の公衆トイレ。シーズンオフの小学校のプール。
そのどれもが当てはまり、同時に当てはまらなかった。
建成は思わず咳き込み、スタンウェイは顔を覆った。
「魔術師どの、申し訳ない!! ここは探索には不向きな場所でした!!」
「いいえ! 勇者どの、だからですよ! だからこそ、何か見落としてる可能性もあります!」
「正気でありますか!!」
建成とスタンウェイはエレベーターを降りて、薄暗くヌメヌメする水路に踏み出した。
「魔術師どの! 目にきますな!! 匂いが目にきますな! かといって目を閉じてしまったら、この水路に足を踏み外してしまう!
なんの嫌がらせでしょうか!!」
建成が大声でボヤく。しかし『異世界慣れ』しているスタンウェイは冷静だった。
「シ!! ……静かに、勇者どの。……この壁の奥でしょうか……何か消えませんか?」
「え?」
建成は、目を閉じる口実を得た。そして耳を澄ます。
確かに複数人の男の声がする。
ここの壁は薄いようだ。
「……何を言ってるんだ……?」
「静かに!」
スタンウェイは音に集中していた。
そうして、段々と、汚い水路の水の音と男たちの声は区別化されていき、
話し声が聞こえてくるのだった。
「馬鹿な野郎だよ。『ユーレイ』は」
「ああ。落ちぶれたなアイツも。」
「……で。【螺旋階段】の先にはいけたのかい」
「いけたぜ。あったよ。【馬小屋】」
「本当かい!? でかした!!……それで……何があったんだ」
「まあまあ落ち着けよ。 全く巧妙な罠だったね。『モウ』『モウ』馬が鳴いていやがって……
しかも臭えしな。とても探る気にはなれなかったんだが……言われてみれば確かに一匹。鳴き方が違う奴がいたんでい」
「そこにあったのは!?」
「鍵だ。…… ……ただな」
「なんだ。どこの鍵なんだよ!?」
「『ここ』だ」
「『ここ』だと!? お前……そんなもん見つけたって……ああちくしょう!!」
「全くだぜ。とんだ無駄足だった。」
……建成は思わずスタンウェイと目を合わせた。
「魔術師どの……聞こえましたか……」
「はい…… どうやら……あの馬小屋に秘密があったようですね。
まだ20分には時間があります。引き返してみましょう」




