知らない宇宙と現実の海
地下牢。自分の房でベーゼンドルファ~が頭を抱えて横になっている。
城のセキュリティを破壊する順序ならいくらでも頭に詰め込める。そのくらいの自信ならある。
しかし、『この城』を突破するために与えられてくる情報は、ほとんどが知らない宇宙の話である。
行動を起こす前に、ベーゼンドルファーはこの地下牢で得た情報を整理していた。
……しかし、やれ『エレベーター』だ『コールセンター』だ、字面は覚えていてもそれが何なのか想像もつかないために、飲み込むのに難儀していたのだ。
とどのつまり、牢屋から出る事を日和っていた。
「随分暇そうだな」
そこに、頭の後ろから自分に話しかける声がする。頭を整理しているときには鬱陶しい客人だ。
「……なんのようだい」
「できればとっくに城を攻略していて欲しかったんだがね」
「……そりゃ、悪かったよ」
声の主は、闇商人 ディア・パソンだ。
悪党から煽られる事ほど不愉快なことはない。相手が自分より悪党なら尚更のことだ。
例えば自分の家族を人質に取るような……。
「どうやら難儀しているようだね」
「そうでもないさ。ただ……考えてたんだよ。
知らない宇宙空間と現実の海とだったら、どっちが泳ぎやすいかね」
「少なくとも、それを考えることが君の仕事では無いはずだな」
ベーゼンドルファーは、ため息をついて起き上がり、相手に向き合った。
「一体何のようだい。できれば昼寝を邪魔しないでほしいんだ」
「そうもいかないさ。……このまま私の不在が続けば、私のカルテルが危ないのでね。
だから君の背中を押しにきたのさ。
……君の前にあるのが、宇宙空間だろうが海だろうがね」
「あんま期待されても困るぜ……」
「悪党に期待などしないさ。私たちは確かに商談を交わしたはずだ。進捗状況の確認くらいはしてもいいだろう」
ディア・パソンは暗闇から火のついたタバコを一本取り出し、ベーゼンドルファーに差し出した。
「今日は私が奢ろう。昼寝を妨げてしまったお詫びだと思ってくれ」
ベーゼンドルファーはタバコを受け取り、気だるく咥えた。
「で? 用事は昼寝の邪魔だけかい?」
「そうじゃないさ。……新しい情報を持ってきた」
煙を吐きながら、ベーゼンドルファーは俯いてしまった。
『新しい、情報』ベーゼンドルファーが実は今一番聞きたくない言葉だった。
「聞きたくねえっつったら……?」
「意外な反応だね。喜んでくれると思ったんだが」
「……この城を吹っ飛ばす魔術の事だったら聞くよ。……嘘だよ聞かねえよ。
知ってるなら自分でやってくれ」
「この短期間でだいぶ、この城の深刻さを飲み込んでくれたようだね。いい兆候だ」
ディア・パソンは、自分の分のタバコにも火をつけて、煙を吐いた。
「まず一つ。これは新情報というより前に伝え忘れた事だ」
「この夢から覚める方法の事かい?」
「これが夢なら、現実の君はいよいよ海で溺れてるのだろうな。可哀想に」
「……茶化して悪かったよ」
「それは、制限時間についてだ」
「……制限時間? 何のことだ?」
「よかった。やはり知らなかったようだね。 まあ地下牢にこもっていたのでは分からないだろう」
ベーゼンドルファーは肩をすくめた。
「この城は現在ね、数十分おきにタイムループを繰り返しているんだよ」
「タイムループ……なるほどな。最初この部屋に戻された時何の魔術だか分からなかったんだ。タイムループときたかい」
「『攻略班』の情報だと、『勇者』が王の間を出てからきっかり20分とのことだ」
それを聞いて、ベーゼンドルファーの脳内で何かがつながった。
確か……『コールセンター』とやらに行ってタイムリセットがどうこう……という情報があったはずだ。
なるほど。つまり『タイムリセット』をしないと攻略できないのが前提ということだろう。
その情報をよこしたのは、確か目の前にいるディア・パソンだった。
知らない宇宙が、少しだけ自分の懐に近づいてくる感覚があった。
「……どうかしたかね」
「いや……勇者?」
「異世界から転生してきた男のようだな」
「なるほど? つまり……ここの王もこの事態に手を焼いてて、それを勇者に解決させようとしてると。
そして、その勇者とやらもここから出るのに難儀してると。そういうことだな」
「急に歯切れが良くなったな」
「目が覚めてきたよ。タバコが効いたのかな」
ベーゼンドルファーは煙を吐いた。
「まあいい。もう一つだ。『水族館の鯨の模型は、騎士の扉を開けた先にある』」
……また宇宙が遠ざかった。ベーゼンドルファーは下を向いてしまった。
「『水族館』ってなんだ?」
「私が知ってるとでも?」
「いーや期待してなかった。親切にどうも」
「まだある。『正直村の門番にはおばあちゃんがいるから気にしてあげよう』」
「……それは情報なのか?」
「攻略班が苦労して集めた情報だよ。君が寝ている間にね」
ベーゼンドルファーは項垂れていたが、『正直村の門番』の事なら、
こいつとは違うやつから聞いた。おばあちゃんがいることも。
『情報被り』が起きているということは、攻略班の情報とやらは信頼できそうだ。
「とにかく、やる気を出してそろそろ外に出る準備運動でもしたまえ」
と、言い終わる頃にはディア・パソンは闇に溶けていなくなっていた。
「……気が向いたらね」
ベーゼンドルファーはタバコを壁に押し当て、火を消した。




