致死量
【赤か黒か! の間】
『黒』の先にあったのは、使い道のわからない『鯨の模型』だった。
まだ広がりを見せるつもりの、アリの巣地獄にうんざりしながらも、
建成とスタンウェイは部屋を出た。
【なんの変哲もない石畳の通路】
「モー……、モー……、モー……」
『いったん木綿』は相変わらず食後の休憩をしている。
建成は何度か起こしてみることを試みたが、
『いったん木綿』は一度睡眠を決め込んだら意地でも起きないタイプの馬らしく、
ゆすっても叩いても、まつ毛に軽く触れても目を開けなかった。
「仕方ないな……。ここに置いていこう。
スタン、俺の背中に」
「は、はい」
建成は、スタンウェイを背中に乗せると、階段を登っていく。
【気まづさのエレベーター】
「これは!?」
エレベーターの異変にすぐさま建成は気がついた。血まみれなのだ!
そしてその血は、呼吸のあらいエレベーターガールの鼻から大量に溢れ出ている。
……エレベーターガールが、呼吸を荒げて、左手をじっと見ていた。
「大事ないか!?」
「…… ……」
いくら建成が声をかけてもエレベーターガールは左手から目を逸らさず、
何回か、左手の匂いを嗅いでいた……。
「困りましたね……これではエレベーターも使えませんね……」
スタンウェイの声が聞こえた瞬間、エレベーターガールは現実に緊急反転したようで、
「上に行きますか? 下に行きますか?」
この状況から業務モードに早変わりした。いささか無理があるが、さすがはプロである。
「……おすすめで」
建成、スタンウェイ、エレベーターガールを乗せた血まみれのエレベーターは上昇していった。
【世界最後の喫煙所】
エレベーターの扉が開くと、タイムリセットを済ませて肩で息をしているベーゼンドルファーが外で待ち侘びていた。
「遅かったな……おう!!?」
ベーゼンドルファーも、エレベーター内の惨状を目の当たりにして戸惑い出した。
「誰か怪我でもしたのか……まさか……」
ベーゼンドルファーは下を見ているエレベーターガールの顔を確認した。
……図らずとも、顎クイという奴である。
至近距離にまで近づいたベーゼンドルファーの顔を目の前に、
エレベーターガールからの何度目かの『噴火』が発生した。
大量の鼻血がベーゼンドルファーの顔面にかかる。
エレベーターガールは思わず倒れ込んだのを、ベーゼンドルファーが慌てて介抱する。
……図らずとも、お姫様だっこという奴である。
エレベーターガールの鼻から真っ赤な噴水が上がっている。
普通なら致死量だ。
「おい! しっかりしろ! エリー!!」
……さあ、目を覚ましなよ、ハニー
エレベーターガールの中ではそう、脳内再生されていた。
さっきから何を見せられているのか理解不能な建成とスタンウェイである。
「えーと? とにかく最上階だな?」
「そうですね。『賢者の指輪』を正直村の賢者に見せるとどうなるか、検証する必要があります」
「……というわけだ。『ユーレイ』。遊んでないで、その女性に仕事をさせろ」
「お前は鬼か!? 血が通ってないのか!? 」
ベーゼンドルファーの顔は、自分の涙とエレベーターガールからの返り血でグシャグシャになっていた。
「エリー、頼むよ、目を覚ましてくれ!!」
ベーゼンドルファーからの必死の呼びかけにも応えず、幸せそうな顔でエレベーターガールは横たわっていた。
「……とりあえず、最上階へ向かいますね」
建成がスイッチに近づき、スタンウェイが最上階のボタンを押そうとすると、
建成はものすごい力で押しのけられた。
自分の仕事を奪われたくないエレベーターガールが、瞬時に起き上がり、業務モードに早変わりしていた。
無理があるが、さすがはプロだ。
建成、スタンウェイ、無自覚に罪な男、キャリアウーマンを乗せたエレベーターは最上階に登った。




