ユーレイの掌
【気まずさのエレベーター】
「悪いエリー! おすすめの階で止めてくれ!!」
と、ベーゼンドルファーが言い終わる頃には、エレベーターガールは機械の操作を済ませていた。
再び……二人きりの空間である。
おそらく、お互いに抱いている感情は、おおよそ、『好意』と呼べそうなものに違いはない。
しかし二人に圧倒的に足りないのは『言葉』だった。
片方は女性に耐性のなかった闇社会の一匹狼。
片方は、業務以外の事を喋ることを禁止されているキャリアウーマン。
……つまり、話題がないのだ。
ベーゼンドルファーは焦った。何かを喋らなければ。
……それはこの城の脱出とはなんら関係のない悩みであるには違いないが、
このままでは本当にこのエレベーターでの『気まずさ』に押しつぶされそうだった。
エレベーターガールの方も、ベーゼンドルファーの方を見られなかった。
今見たら、業務で許されてる範囲の事を超えてしまいそうで……。
先ほどから、口を一文字に固く結び、溢れ出そうな言葉を必死に堪えていた。
あるいは、背中越しにいる意中の男性に声をかけて欲しそうだった。
そう。エレベーターガールは、ベーゼンドルファーからの言葉を待っていた。
しかし相手は『ユーレイ』そこに居ながら、そこに居ないような存在なのだ。
そうやって、彼はそうやって、生きてきた。
二人の、微妙に噛み合わない歯車を乗せて、エレベーターは無音で上がる。
……エレベーターが停止した。しかし……
「ん?」
エレベーターから降りようとしたら、眼前の景色の異様さに気づき、
ベーゼンドルファーはエレベーターに引き返した。
「なあ……ここは、【ガラスの動物園】じゃないか……?」
つまり、階を登りすぎたのだ。
エレベーター操作のプロであるエレベーターが、押す階を間違えるなんてことは、天地がひっくり返っても起き得ない。
つまり、わざとなのである。
「……エリー?」
ベーゼンドルファーに声をかけられたエレベーターガールは、
彼に背を向けながらも震えていた。
ベーゼンドルファーには、もう、何をすればいいのかわからなかった。
ふと、エレベーターガールの空いている左手方を見たら、震えているのがわかった。
彼女は、その姿勢のまま、右手の方は『おすすめの階』に指だけ添えて、動こうとしなかった。
彼女は彼女で、もしかしたらベーゼンドルファーがこの城から出ていくことに関して、思う事があるのではないだろうか……。
階をわざと間違えたのは、言葉を発せられない彼女なりの『言葉』だった。
ベーゼンドルファーは頭を掻いた。
こんな時、どうしたらいいか、闇社会のユーレイには皆目見当もつかなかった。
彼は、生まれて初めて、他人の気持ちを考えた。
考えて、考えて、そして出した答えは……
……
……
エレベーターはゆっくりと下降し、二人の時間を切り分ける停止のブザーが鳴る。
【世界最後の喫煙所】の階に止まる。
ベーゼンドルファーは、エレベーターガールの手を離し、エレベーターを降りた。




