歌の才能
建成たちが【異界の日替わりランチを出す定食屋】に入る数分前。
【嘘つき村】
ベーゼンドルファーは、嘘つき村の畑に積まれた藁に寝そべっていた。
……強制終了してない。おそらく建成たちが、タイムリセットをしたのだろう。
ベーゼンドルファーは起き上がり、
嘘つき村を後にした。
【正直村と嘘つき村の分岐点】
ベーゼンドルファーは、背中にチクチクする痛みを覚えた。
どうやら、藁が服の隙間に入ったようだ。
それどころか背中中、藁まみれになっている。
身なりなど気にする彼ではないが、なぜか……なぜだか……ソワソワしてしまい、
背中の藁を払った。
【気まずさのエレベーター】
……ああ、そうだった。また忘れていた。
エレベーターガールからの視線で、このソワソワの正体に気がついた。
……確か、名前をエリーと言ったか……
「……上に行きますか? 下に行きますか?」
「……螺旋階段の階に頼むよ……その……エリー」
エリーは、鼻血を出した。
「お、おい! 大丈夫か!?」
ベーゼンドルファーが、エレベーターガールの血を拭おうをしたら、エレベーターガールは恥ずかしさのあまりその手を払い退けてしまった。
エレベーターガールは機械を操作した。
昇降中、お互い、なんとも言えない気まずさ? わだかまり? を抱えて、なんとなく背中を向け合っていた。
……ふと、ベーゼンドルファーは、背中に人の手の感触を感じた。
それは、エレベーターガールが、いじらしく自分の背中の藁をとってくれているのだとすぐに気がついた。
ベーゼンドルファーは、申し訳ない気持ちと、慣れてない他人からの優しさを受けてどうしたらいいのかわからない気持ちの二律背反で動けなかった。
石畳の螺旋階段で、エレベーターは止まった。
【くだらない螺旋階段】
ベーゼンドルファーがエレベーターを降りようとしたその時である。
「……頑張って!!」
と、意を決して出した大声に、驚いてベーゼンドルファーは振り向く。
エレベーターガールは、下をむているが、いつもみたいに言い逃げでエレベーターを閉めるようなことはしなかった。
……返事を、期待しているのだ。
「おう。 行ってくるよ。エリー」
ベーゼンドルファーは、エレベーターガールに親指を立てて応えた。
閉じていくエレベーターの扉の隙間……エレベーターガールが大量の鼻血を出しているのが見えた。
ベーゼンドルファーは螺旋階段についているチャリオットの車輪によってできた傷を観察した。
これは……チャリオットは往復している。
つまり、この階段を降りきった先にある『騎士の扉』は開いている、
もしくは、そこでベーゼンドルファーを待ち伏せているかのどちらかだと思慮した。
ベーゼンドルファーは慎重に階段を降りて……
騎士の扉の前まできた。建成たちはいない。
ベーゼンドルファーは、そっと、騎士の扉を開けてみた……扉は開いた。
【『国歌』をファルセットで上手く歌えるまで出られない部屋】
ベーゼンドルファーの最大の試練。それはこの部屋だ。
建成に任せていた歌だが、彼らを出し抜くには、ここを自力で突破しないといけない。
……ところでベーゼンドルファーは、歌を歌ったことがない。
仕事柄そんなものは必要ないのと、歌を歌う環境にいなかったのが理由で、鼻歌さえも口ずさんだことがない。
建成は……裏声の出し方を知らなかったようだが……
ベーゼンドルファーは、歌の歌い方を知らなかった。
しかし、ここまできたら引き返すわけにはいかない。
それに、誰も聞いてはいない。恥ずかしがるものか。歌えばいいんだ。
部屋の中央まで来て、ベーゼンドルファーは大きく息を吸った。
ふと……背中に温もりを感じた。
先ほどのエレベーターガールが、藁のゴミをとってくれた手の温もりである。
そして……「頑張って」と、彼女なりにエールをくれたことを思い出した。
目を閉じて、ベーゼンドルファーは、彼女への感謝を込めて、最初の1音を口にした……
歌詞もメロディーも、頭には入っていた……
「……おお、我らの地、ドゥングリムックリ 豊かさ響くこの大地 膨らむ腹は栄光の証 食卓は我らの命の源
満ちよ、満ちよ、我が祖国よ デイヴの名の下、共に栄えん 豊かな未来を、その『おい鬼太郎』 ドゥングリムックリ、永遠に輝け!
四季巡る美しき山河 春の芽吹き、秋の実り 王デイヴよ、その御旗のもとに 民は一つ、心を合わせ
満ちよ、満ちよ、我が祖国よ デイヴの名の下、共に栄えん 豊かな未来を、その『おい鬼太郎』 ドゥングリムックリ、永遠に輝け!」
ゴゴゴゴゴ……と奥の扉が開いた。
……建成の真似なので、歌詞は間違えている。
しかし、まるで闇世界で生きてきた人間とは思えない優しい歌声であった。
彼自身、自分に歌の才能があったなんて信じられないという驚きだった。
そして、自分に力を貸してくれた人間がいることも。
それは人を騙し、騙され、孤独に生きてきたベーゼンドルファーには無い、いや『無かった』感情だった。
「……ありがとな。エリー」
ベーゼンドルファーは扉の奥に進んだ。




