『彼女』の名は……
【地下牢】
建成とスタンウェイの予感通り、ベーゼンドルファーは、前回3人で訪れた【ノルランド銀行】の金庫のダイヤルナンバーを知っていた。
正確にいうと、『知る方法を知っていた』
しかしそれを聞いたのはだいぶ前のことなので、彼自身すっかり忘れてしまっていたのだが……
もう相当過去のような気がする。
囚人から得た情報の中に、確かに『銀行のダイヤルナンバー』に関するものがあった。
それはすなわち……『銀行のダイヤルナンバーは、カスタマーセンターで聞ける』であり、
実際にベーゼンドルファーは一度、カスタマーセンターにて銀行のダイヤルナンバーを聞いたことがある。
……さて、今回ベーゼンドルファーが目的を達成するには、まずは何が何でも建成達よりも先にエレベーターに乗る必要がある。
そして、【カスタマーセンターにつながる電話ボックス】に建成達よりも先に辿り着く必要がある。
彼らはいずれにしても、『騎士の鍵』をとりに、もしくはタイムリセットのために、同じ階で降りるだろう。
そして、自分が彼らをまた、出し抜こうとしていることがバレたら今度こそただではすまないだろう……
だから誰よりも早く電話ボックスに陣取ってしまい、やばくなったら強制終了をする、
……あるいは、スタンウェイを人質にすることが最適と思われた。
ベーゼンドルファーは、全身の関節を外し、素早い蛇のように鉄格子を抜け、
隠し通路を同じ姿のまま、走るよりも早く張っていった。
【くだらない螺旋階段】
建成達は、『チャリオット』とかいう馬に引かせた戦車という移動手段を持っている。しかし、
それは正直言って、歩くのと同じような速度だ。なら、身軽な自分の方が有利である。
ベーゼンドルファーは無心で螺旋階段を駆け上がった。
【気まずさのエレベーター】
どうして、このエレベーターの存在を毎回忘れるのか……
もはやベーゼンドルファーにとってこのエレベーターが難所の一つとなっていた。
エレベーターガールと目があった時、ベーゼンドルファーはどうしようもない申し訳なさが脳裏を支配した。
不可抗力とはいえ……前回、彼女の胸に触っている……。
しかしエレベーターガールは、そんなことよりベーゼンドルファーが一人でここにやってきたことに戸惑っているように感じた。
「……おすすめ……で頼む」
ベーゼンドルファーが言うと、少しだけ間を起き、エレベーターガールは機械を操作した。
……自分が、平気で仲間を裏切るような人間だと、思われただろうか。もしかして、減滅させただろうか……
ただこの時のベーゼンドルファーに言えることは、そのエレベーターの昇降は、気まずかった。
「俺は……こういう人間なんだよ……」
ベーゼンドルファーはエレベーターの中で、誰に言うでもなく呟いた。
エレベーターガールは、何も答えなかった。
【世界最後の喫煙所】
どうやら建成たちを出し抜いてこの階にたどり着いた。
ベーゼンドルファーはエレベーターを降りる。
……その時である。
「…… ……ってください……」
確かに、エレベーターがつぶやいたのだ。それは聞こえるか、聞こえないか、蚊がなくほどの小さい声だったが、
それでもベーゼンドルファーの耳まで届いた。
「え?」
ベーゼンドルファーが振り向いた頃には、エレベーターは閉じてしまった。
……ベーゼンドルファーは、喫煙所を駆け抜け、電話ボックスのある建物の前にたどり着き、
ダイヤル『6・4・5・3』を入力した。
【カスタマーセンターにつながる電話ボックス』
この電話ボックスの扱い方を、ぎりぎり覚えていた。
ベーゼンドルファーは、受話器をとり、耳に当てた。
「こちらは、ドゥングリカスタマーセンターです。ご用件はなんでしょうか?」
受話器から、人の声が聞こえると、ベーゼンドルファーは……
「銀行のダイヤルを教えろ」
と答えた。
……すると、受話器の向こう側の声の主が、
「ノルランド銀行のダイヤルは、『6・5・4・3』でございます」
と答えた。
……この部屋のダイヤルキーが『6・4・5・3』
そして、銀行のダイヤルナンバーは、『6・5・4・3』
……なんて紛らわしいんだ。とベーゼンドルファーは苛立った。
ともあれ、ベーゼンドルファーは、銀行のダイヤルナンバーを覚えた。
さて……ここからがベーゼンドルファーの勝負どころである。
『騎士の鍵』……は、建成に取らせて、あの扉を開けさせよう。帰り道、彼らと鉢合う可能性が大だ。うまくやり過ごさねば。
それより俺は、先回りして『嘘こと真の鍵』を奴らより先に回収する必要がある。
あとは……歌だ。建成のおかげで歌は覚えたが、俺があの部屋を突破することが最低条件だ。
……やってみせるさ。あと一歩。あと一歩で外に出られるんだ。
ベーゼンドルファーの瞳に、闘志が哀しく灯った。




