勇者の杖
いくら気落ちしようとも、絶望しようとも、泣き喚こうとも、
現実というものは変わったためしがないもので、
建成にしてもそれは十分わかっているのだ。
つまり、転生したら沈んだ気持ちを切り替える必要がある。
……わかってはいるのだが……
王の間に転生した建成の、まずやるべきことは小刀を国王に向けて投げ渡すことだ。
しかし、この時の建成は明らかに自暴自棄になっていた。
小刀を、投げ渡すつもりが、床に叩きつけてしまった。
小刀が足下に転がる。
唖然とする建成と、国王と、王の間の兵士たち。
特にこの時の建成は、自分が何をしたのかわからず呆然と立ち尽くしてしまった。
……そこに、国王、ドゥングリムックリが建成の前に現れ、建成を平手で叩いた。
「勇者建成! 挫けるとは何事か!」
その一言に、建成は涙した。そして、
歪んだ視界で、国王と、兵士たち一人一人と顔を合わせる。
全員の期待を、俺は受けているのだ。
苛ついている暇など、ないはずだ。
「……申し訳ありません!! 国王!! 建成! 心を入れ替えまする! ヤア!!」
建成は王の間の脇の詰所に駆け込み、
スタンウェイの拘束を解いた。
そして詰所から出る頃には、
デビッドが松葉杖を用意してくれた。
……松葉杖の精度が上がっている。そして、杖には『勇者の杖』と銘が彫ってあった。
……建成はまたもや涙した。
やはり俺たちは、一つのチームだ!!
「国王! 皆のもの! ありがとう!! この建成! 次こそ悪しきループを断ち切ってまいる!!」
「「いってらしゃいませ!!」」
全員に見守られ、建成とスタンウェイは王の間を後にした。
【無限回廊】
「建成、大丈夫ですか?」
「もう大丈夫だ。理不尽と戦っているのは、俺たちだけじゃない。
みんながいれば、きっと大丈夫だ」
「建成……」
建成とスタンウェイは、王の間から数えて69番目の右の扉を開いた。
【『もう』と鳴く馬小屋】
「建成、今回のおさらいです」
「うん。えっと……歌、だよな。歌を覚えなければならない」
「そうです。で……どこで国歌が流れてたか……ですが……」
「……そうなんだよな……」
「確か、『酒場』じゃありませんでしたっけ? 酒場で何かするのでは?」
「……うん。そうだったかも知れない……よし、今回は酒場を目指そう」
建成とスタンウェイは、馬小屋を突っ切った。
【くだらない螺旋階段】
建成とスタンウェイは、螺旋階段に到着した。
……解ってはいたが、ベーゼンドルファーは居なかった。
今回は出だしで時間がかかってしまっていたのだ。
特に期待はしていなかったので、建成とスタンウェイは螺旋階段を登り、エレベーターが来るのを待った。
【気まずさのエレベーター】
「……上に行きますか?下に行きますか?」
……明らかにエレベーターガールの様子がおかしい。
うつむき気味で頬が赤い。
風邪が治らないのだろうか。
「えっと、おすすめで」
背中にいるスタンウェイがエレベーターガールに指示を出し、三人を乗せたエレベーターが動き出した。
【世界最後の喫煙所】
「スタン、今回なんだが……ついてきてほしい」
「え?」
「国歌を覚えるわけだが……知らない歌を一人で覚える自信がないんだ」
「なるほど。わかりましたところで……歌に自信がありますか?」
「ない。人前で歌ったことがない。……『誰にでも一個くらいこれだけは弱いって物はあるもんよ』
……水木先生が鼠男に言わせた言葉だ」
「はあ……まあ、頑張りましょう。 我々はチームなのですから」
「……ありがとう」
建成、スタンウェイは、音楽が聞こえてくる建物の、半壊した扉を開いた。
【絵もない花もない洒落もない居酒屋】
建成は階段をおりながら店の雰囲気で思い出した!
確か……バーボンを注文すればいい!
「……らっしゃい」
建成は、壮年男性の男の隣にすわった。
この時の建成は使命感に燃えていた。歌だろうが、なんだろうが、必ずやものにして見せる!
そして、全員で勝利を掴むのだ!
確かに、歌は自信がない! 自身がなかろうが、やるのだ! やって見せるのだ!
……しかし、気合が入りすぎて前方の視界が小さくなってしまうのが、建成という男の致命的な欠点でもあった。
建成は、早く歌を覚えたい一心で、
「ダブルのバーボンを!!」
……壮年男性に話しかける前に注文してしまった……
全員の視線が、建成に集中する。
……しまった……!!と建成が感じた時にはもう遅かった。
酒場の、「rest room」の扉が開いて、建成とスタンウェイを吸い込んでいった……
【納豆の雨が降り、『くさや』の泳ぐシュールストレミングの沼】
いうまでもなくあたりは、もう悪臭の惨状である。
完全に言葉を無くしてしまった。建成も。スタンウェイも。
「ごめん……」
激しい納豆の雨の中で、誰につぶやくでもなく、建成は口にした。スタンウェイは何も答えなかった。
「本当に、ごめん」
やる気を出した途端に、なんてざまなのだ。
異世界の城の中で、建成が体験したのはうんざりするリアリズムであった。




