「お金は大事ですよね」
レイは結局、ケディウスの世話を焼いた後は授業には戻らず、学園外に足を運び、ひたすら魔物を狩った。
簡単に言えば金稼ぎである。
レイは万年金欠だった。
滅多に贅沢はせず、服や小物にお金もかけず、質素な食事を常としながらも貧乏から抜け出せない理由とは、アルガス中央魔法魔術学園の授業料がとんでもなく高いことが原因の8割を占めるだろう。
この学園に入学する生徒の一部は由緒正しき家柄の者たちや、将来有望な大魔法士の卵たちであるが、全員が全員そうではない。
生徒のほとんどは、一般より魔力の保有量が少ない者や庶民だ。
学園の基本的方針の一つに「平等」がある。これは、人種を問わず学ぶことに意欲のある生徒を受け入れ、生徒の身分に関係なく学園における最大の教育を与えるという意味だ。
これによりレイは魔力を持たない異端児であっても学園に入ることができた。
土地が違えば人種が違う。地域が違えば文化が違う。
生き方も考え方も違う生き物を一ヵ所に集めるのだから、当然問題も起こりやすくなる。
そのため、この学園では独自の規則が作られ、この学園及び所有地内にいる全ての人々はその規則に従って生活しているのだ。
入学するのは簡単なこのアルガス中央魔法魔術学園だが、大変なのは入った後だ。
さすが名門校と謳われるだけあってか、授業の内容はレベルが高く試験も頻繁に行われる。筆記だけでなく、戦闘技術や実戦魔法の訓練にも同じくらい力を入れており、教師から出される課題や任務を随時達成しないと学園にいられなくなってしまう。
各国から集めた選りすぐりの教師に、出来の悪い生徒を見させる時間も価値もないということだろう。
そしてこの最高レベルの環境を維持するには莫大なお金がかかる。やんごとなき身分の生徒を守る為にはそれなりの防衛技術や設備が必要で、人員の配備も欠かせない。
当然それらに宛てがう金銭の主な収入源は学費であり、その精度が高くなればなるほど、学費も自然と跳ね上がる。
故に、身体ひとつでこの世界に放り出され、頼りになる人も後ろ盾もないレイは自分でお金を稼がなければならず、そして稼いだお金のほとんどは学園に巻き上げられるという悲しいサイクルに陥っていたのだ。
魔物から剥ぎ取った素材を持てるだけ持ち、学園所有の敷地に建つ木造の一軒家のような見た目をした店の一つに入ったレイは、カウンター越しの椅子に座る店主を見つけて近付いた。
先程討った魔物の戦利品を並べる。
「シャーバルの素材を持ってきました」
「そこに出せ」
ぶっきらぼうに店主は言った。
愛想の欠けらも無い声音と口調である。
レイが魔力無しだからこのような態度を取っているわけではない。
この男は誰にでもこうだった。
見た目は四十を半分過ぎたくらいだろうか。
焦茶色のライオンのたてがみの様な髪は櫛泣かせの毛量と剛毛を誇り、それがもみあげに繋がり、更にもみあげが顎に蓄えられた立派な髭と繋がっている。
毛に覆われていないむき出しの皮膚は褐色で、唇はへの字に引き結ばれ、太い眉の下にある茶褐色の瞳が入店してきた客に鋭い一瞥をくれている。
岩みたいながっちりとした体の上におっかない顔がどんと乗っている。
客商売には致命的な風貌の店主は、カウンターの上に並べられた素材を見て、特に皮と骨は手に取り、まじまじと眺めてからレイの前に硬貨をいくつか置いた。
「ん」
「ありがとうございます」
レイが物品を差し出し、男が金を払う。
この一連の流れから、この店は素材の換金を行う店だということが分かるのだが、やはりこの店主に客商売は向いてない。
しかしレイは店主の態度に怯えるわけでも怒るわけでもなく、にっこり笑って「また来ます」と言って背を向けた。
レイは日常的にこの店を利用していた。
換金ができる店は他にもあるのだが、レイがここを選ぶ理由として第一に店主の態度がある。
見た目はおっかない口下手のおっさんだが、それさえ目を瞑れば彼の鑑定眼は素晴らしく、相手を見て支払う金額を変えるようなことはしない。
相手が無知な若い小僧とみるや、ニコニコ顔で本来の換金価格の3分の1を提示してくるような店が多い中で珍しいことだ。
「アデルのとこに行け」
扉に手をかけて外に出ようとしたところで、背後から短く言われた。
この店を利用して初めての向こうからの声掛けに驚くと共に、その内容に首を傾げる。
「アデル⋯?人名ですか、それともお店の名前ですか?」
「ギルドの長の名前だ」
これにはレイもびっくりして目を剥いた。
「ギルドの⋯」
その声には疑問の色がありありと浮かんでいる。
ここに住む人々にとってギルドと言われて思い浮かぶ場所は一つしかない。
アルガス中央魔法魔術学園はその名の通り街のど真ん中にどんと大きく鎮座し、その周りを市場や店舗、住居が取り囲むように広がっている。真上から見ると巨大な円に見えるはずだ。
学園のある中心を中央地区、北を北区、南は南区と分かりやすく区分され、どの区からも接する中央は五つの地区の中で一番栄える活気のある華やかな場所だった。
そこにこの街唯一のギルドがあるのだ。
店主はそこに行けと言う。
「どうして私がそこへ?」
自分には縁遠い場所であると自覚しているが故に、店主の意図が読めず困った顔のままでいると、彼はぶっきらぼうに答えた。
「腕の立つやつを集めてる。俺があいつにお前を教えた」
だから、行け、と言う。
子供でももっとましな説明をするだろうが、この無愛想な店主の口下手に慣れたレイはたったこれだけで意味のほとんどを理解した。
納得した顔で尋ねた。
「仕事内容は魔物の討伐でしょうか」
「おう」
「お役に立てるかはわかりませんが、できるだけのことはしてきます。ギルドにご紹介くださりありがとうございました」
「ふん」
丁寧に頭を下げたレイの姿がドアの向こうへ消えると、店主は机の上に置かれた魔物の素材を種類ごとに麻袋に入れはじめた。
魔獣シャーバルの毛皮をまじまじと眺める。
綺麗に剥ぎ取られたそれは黒い絨毯のようであり、当たる光の加減によって艶やかに輝いている。毛皮の状態も大変よろしく、魔獣が寝てる間にさっと毛皮だけ拝借してきたかのように自然のままだ。
間違いなく高値で卸せる代物だ。
「バカな奴等だ」
髭におおわれた口が呟いた。
この言葉は先程の青年に向けられたものではない。
彼との取引を「魔法が使えないから」と断った同業者に放った言葉だった。
魔力の無い彼のことはここに住む人々の耳に入っている。
いくら素材を持ってくる客と言えども、学園に通う将来有望な有権者たちに、鼻つまみ者と取引があるところを見られたくないのだろう。
人間関係が壊滅的な自分の耳にも彼の噂が入ってくるのだから、情報収集に勤しむ商魂たくましい商人はもっと詳しい状況を把握しているのだろう。
目の前にある毛皮は戦闘をしたとは思えないくらい損傷がない。
戦闘の基本は魔法だ。
火を使えば毛が焦げ、風を使えば細かい無数の傷がつき、水を使えば表面の組織が変質し、この滑らかな手触りが失われてしまう。
何より魔獣シャーバルと言えば素早くて狡賢くて狡猾な森のハンターである。一糸乱れぬ見事な連携で獲物を確実に追い詰めて葬るその仲間意識の強さと気性の荒さからB級と格付けされているこれらの魔獣は、決して十代の学生が討ち取れるものじゃない。
だがしかし実際にあの青年が持ってきたものだ。
直接目で見たわけじゃないが、あれ程血の匂いを纏わせていたら信じるしかないというものだ。
それに、綺麗な顔に見合わない腰にある物騒な剣は、使い古され、布を巻いた持ち手の部分はボロボロになっている。
常日頃握ってないとああはなるまい。
学園のお坊っちゃんたちにごまをすり、情報を集め、必死に商売を盛り上げようとする同業者たちが噂を鵜呑みに青年を無下にしてご機嫌取りに勤しむ中、金儲けに何の熱意も情熱も執着もない自分の貯金が青年のお陰で膨らんでいくのだから、まったく商売の神様は皮肉なものだと思うのだった。