第84話 突撃
「さぁ雨音さん、ここに座って!」
「……」
「見てよこの絵画、中世ヨーロッパの作品なんだよっ」
「……」
「他にも……む、外が騒がしいな。おい何があった」
「な、何やら不審者がいるらしくて」
「不審者だと?」
「……陽登?」
重厚な門、立派な庭、見上げる程の豪邸。天水家と負けず劣らずのお屋敷が目の前にあった。
どうやら金持ちってのは大きな家に住みたがる性質があるらしい。
「だから言っているでしょ。俺は天水家からの遣いなんですって~」
「信じられんな。天水家の者がそんなだらしない格好をしているわけがないだろ」
「違うんすよ。ウチって格好にこだわらない主義なんです。私服可の高校みたいなノリでさぁ」
滝上家の巨大な屋敷の門で俺は門番と話している。門番っつーか警備員?
こんなのを雇っているとか滝上家の財力がいかにすごいか分かる。国会議事堂みたいだな。
「いや俺こう見えても実はすごい役職、だったらいいのになぁ」
「願望かよ」
警備員は完全に俺を疑っており、門を開こうとしない。
まぁ見た目ただの高校生だからね。天水家の使用人と言っても信じてもらえるわけないか。いやこれに関してはマジだよ?
「とにかく帰りたまえ。ここは君が来てよい場所ではない」
「少しで良いんで中に入れてくださいよ。先っちょだけ」
「駄目だ。通すわけにはいかない」
ツンデレのツン部分みたく、警備員は冷たい口調で俺を押し退ける。痛っ、今この人押してきました骨が折れたんで慰謝料ください!
「何をされているのですか?」
と、ここでやって来たのは天水家に仕えるシェフ。黒いスーツに身を包んだシェフは俺を見て、訝しげな表情を浮かべる。
「誰ですか君は」
「俺は天水家の使用人です」
「君みたいな高校生を雇った覚えはない。天水家の者として今の発言を撤回してもらおうか」
シェフは冷淡な喋り方で俺を圧倒して睨んできた。そんなシェフの姿を見て警備員は頬を緩ませる。
「いやはや、あなたが本当の天水家の方ですか。さっきからこの少年には困っておりまして……お知り合いですか?」
「いえ全く。虚言癖のあるただの一般人でしょう。それより雨音お嬢様に急ぎお伝えることがあり参上しました。ここを開けてもらえますか?」
「あぁはいはい。ちょっと待ってくださいね」
いかにも怪しい俺の後に、礼儀正しくて気品ある天水家の使いが登場。
俺とのギャップでシェフが本物だと強く思わせることで警備員の不信感を薄める。警備員がパネルを操作して門が開く。
開門した直後、運転手さんの体が激しく揺れる。
「さぁどうぞこちらに。今から屋敷の方に連絡を……って、どうされました?」
「う、うひひぃ……」
シェフは口を開いてて舌をウネウネと動かす。大量の涎が溢れて、それを見た警備員が身を引いた瞬間に、
「きえぇー!」
シェフは門を抜けて敷地内へと飛び込んでいった。奇声を上げて奇天烈な走り方をして。
さっきの礼節正しい姿はどこにもなかった。当然、警備員は驚く。
「え、え、なんだ!?」
「馬鹿野郎っ、あっちが偽物だ!」
思考を巡らせる前に俺は大声を上げてシェフを指差す。警備員は目をグルグルさせている。
「広い庭だっ、ここで特訓をしよう。螺旋丸! 螺旋丸! うひひぉ!」
「な、なんでことだ……と、止まれぇ!」
警備員は慌ててシェフの後を追う。シェフは庭中を駆け回って逃げる。成人したおっさんが二人仲良く庭を走る、なんともシュールな光景だ。
「さて作戦第一段階成功だな。今のうちっと」
俺はササッと移動して屋敷の中に入っていく。無事に潜入成功だ。ここまで作戦通り。
屋敷の中に入れば天水家と同じ感想が浮かんできた。無駄に広い。金持ちはホントすごいですねー。迷宮みてーな構造にしやがって。なんですかお前らは迷宮ダンジョン系が好きな中学生ですかおい。
「どこにお嬢様がいることやら……お、あれっぽい」
歩いていると扉の前に立つ屈強な三人の男がいた。
しっかりと守りを固めている様子。つまりあそこに誰かいる。分かりやすい。
十中八九、あの部屋にお嬢様がいるはずだ。けれど俺にあのマッチョ三人を相手するのは無理。ギャル三人にも負けたもん。
「となりゃ、作戦第二段階といきますか」
「外がうるさいな」
「不審者が現れたらしいぞ」
「一人程度なら門番に任せて大丈夫だろう。我々が動くまでもな……ん、なんだあれ」
「え、庭がすごい勢いで整えられている……?」
豪邸の庭を超スピードで手入れしていく、庭師。素人が見ても素晴らしいに尽きる動きだ。
ただ、問題があるとすれば、
「うへへへぇ! 思春期の娘に嫌われたうへへへぇ!」
あれは滝上家の庭師ではない上にものすげーキチガイな顔をしていることかな。
庭師は狂ったような笑みを浮かべてガーデニングをしている。当然、不審者にしか見えない。
「あ、あれヤバイ奴だろ」
「門で暴れている奴とは別の不審者か……?」
「わ、我々も行くぞっ」
三人の男は廊下を駆け抜けていく。扉の前には誰もいない。
「楽勝だなー。御曹司もクソなら警備もクソですかい」
扉の前に到着。屋敷に入ってから誰とも会えずに来れたのは幸いだ。俺ってエンカウントなしのアビリティつけていたんだなぁ。なんてね。……大変なのはここからだ。
気持ちは固まった。視界は良好。目的がはっきりとしているおかげかも。
「……こんなにも素直にまっすぐ向かうのはいつ以来かな」
恐らく大概の人なら普通にしていること、無意識のうちに出来ることなんだろう。
だけど俺にとっては久しく、そしてとても懐かしいものだった。
「ふー、行きますか」
ドアを軽く叩く。扉の向こうからの返事は待たず一気に扉を開き、俺は飛び込んだ。




