第85話 使用人とお嬢様は笑う
貴族の住まいに飛び込み、目に入ったのは雨音お嬢様の姿。
おー、そうだなー、あははっ。お嬢様のこんなにも驚いた表情を見るのは初めてだ。
「は、陽登……?」
「使用人置いて下校するなよ。このクソお嬢様が」
目をパチクリとさせる姿は鳩が豆鉄砲を食ったようと言うべきかな。サプライズ大成功みたいで満足しちゃう。
「ど、どうしてここに……」
「お前を迎えに来たんだよ。ほらさっさと帰るぞ」
俺はお嬢様の元へ歩いていく。お嬢様を見つめて、目線を逸らさず臆せず自分の気持ちに従う。愚直に、まっすぐ。
「ま、ま、待ちたまえ!」
と、俺の腕を掴んで制止する輩が一人。横を向けばそこにいるのは、
「わぁ、セレブブタだ~!」
「だ、誰がセレブブタだっ」
「お前だよ。今日もワックス塗りたくってるな~。クラウドになりたいの?」
この屋敷、滝上家の御曹司だ。醜い鼻とテカテカ光る髪の毛はなんとも奇妙で陳腐。
「ワックスは十円玉サイズに取って使うらしいぜ。あ、お前みてーな金持ちは小銭を知らないのか」
「な、なんだと」
「見せてやるよこれが十円玉だ。十円玉タックル!」
「ぐああぁぁ!?」
手を振りほどいた俺は姿勢を低くして滝上の懐に突っ込む。小学校の文集で将来はラグビー選手になりたいと書いたことがある、ような気がする俺のタックルを食らうが良いー!
「ぐへっ」
セレブブタは呆気なく吹き飛んで床に倒れこんだ。ふっ、雑魚め。
「十円玉関係ないじゃない」
ここで雨音お嬢様の淡白なツッコミ。ナイスツッコミありがとうござーい。
「お嬢様は十円玉知っているんですね。感動しました」
「馬鹿にしないで。何なら五円玉も知っているわ」
いや自慢げに言われても困るんですが。
「……で、なんで来たのよ」
「だから迎えに来たって」
「私そんなこと頼んでない。勝手なことしないでよ」
雨音お嬢様はそっぽを向くと口を尖らせた。
「そう言いますがね、お前すげー嫌がっ……あー、いや」
違うな。お嬢様がどうのこうのは置いといてだ。
俺は小さく息を吐いて一歩、一歩と進む。こんなことを言うようなキャラじゃないんですねがねぇ……。
「俺が嫌だったんだよ」
「陽登が?」
「……ぐぬぬぅ」
「?」
いいか、こんなこと言うのはこれっきりだ。二度と言わねぇからな!
「お前とそこのブタがくっつくのが嫌なんだ。気に食わない、ムカつく、イラつく。お前は……雨音お嬢様は俺の主人なんだから」
「……」
「こんな奴無視して俺と一緒に屋敷に帰りましょう。俺は、そうしたいです」
言った。言ってしまった。うん、過去振り返ってもこれ程に恥ずかしい思いはしたことない。
何を言ってしまったんだ俺は。だっせぇ……めちゃくちゃ恥ずいぞこれ。
「……」
「あー、なんか言ってもらえません?」
「陽登、顔が赤いわよ」
「この部屋クソ暑いな。冷房効いてんのかカスが」
今度は俺がそっぽを向く番だった。クソ、そんなことは言わなくていいんだよファッキューお嬢様。
「……陽登」
「回り込むな。俺の顔見て何が面白いんだよ」
「面白い」
趣味わりーな。
「陽登がそんなこと言うなんて。……もう一度言って?」
「絶対に言わねー」
「言わないと私帰らない」
こ、の、女……!
しかし躊躇う時間はない。滝上が起き上がろうと呻いているし、外の騒がしさも増してきた。
「ぐぬぬぬぬぅ……っ、縁談と聞いてすごく嫌でした。俺は、お嬢様と一緒にいたいです」
たった今、俺の黒歴史が追加された。あまりの恥ずかしさに顔はさらに熱を帯びる。
「うぐぐぅ……いいから帰るぞ!」
強引にお嬢様の手を掴んで引っ張る。もういい、これ以上は自我が崩壊する。死にてぇー!
「ま、待ちたま」
「それしか言えんのかこのブタぁ!」
「ぶべ!?」
立ち上がった滝上に再び突撃。セレブブタはまたしても床にダウン。
即座に部屋から出ると同時に携帯を取り出す。
「火村っす。作戦第三段階へ移行します」
「ねぇ陽登」
「あぁ? 今忙しいから後でしろ」
来た道を走り抜けて豪邸の出口へ行く。お前と話す余裕はない。つーか話したくない、恥ずいし顔赤いから!
「し、侵入者だ!」
「天水雨音様を連れているぞ。捕まえろ!」
横の廊下から滝上家の使用人が声をあげた。使用人の数だけは多い屋敷だな。
「逃げ切るぞ」
「陽登」
「なんだよ!」
「私も、陽登と一緒にいたい」
「っ、そうか」
「ヘラヘラ笑ってダラダラ過ごしたい」
ヘラヘラ、ダラダラ。ショッピングしたりカラオケ行ったり部屋でゴロ寝。お嬢様との思い出が脳裏をよぎって視界には出口。
たまらず、ガラにもなく、俺は心の底から声を張り上げる。
「一緒に帰るぞ生意気お嬢様ぁ!」
「もちろんよ元ニート!」
俺とお嬢様、二人並んで外へと飛び出す。
後ろからは追っ手、庭では暴れ逃げるシェフと庭師。颯爽と現れた車に乗り込んで俺ら全員は腹抱えて笑った。




