第83話 まっすぐ突き進め
我が家となった天水家のお屋敷。玄関先でメイドさんが迎えてくれる。
「お帰りなさい陽登君」
「ただいまん、いやなんでもないです」
危うく下ネタを言うところだった。メイドさんを怒らせて罰を受けている暇はないのだ。
微笑むメイドさんに頭を下げて即座に問いかける。
「雨音お嬢様は部屋にいますか?」
「お嬢様は外出されましたよ」
これは思いがけない返答だった。俺より先に帰ったお嬢様がまさか家の中にいないとは。一人で買い物、一人でカラオケかな。ボッチだったお嬢様に大した選択肢がないことは容易に分かる。
が、メイドさんが続けて喋る内容はまたしても思いがけないものだった。
「滝上様が迎えに来ました。二人でどこかに行かれたのでしょう」
滝上、これは予想していなかった。
この前遊園地に行ったばかりなのに今日もお嬢様を誘いに来たのか。あのブタ顔君め、かなり積極的だな。
「そうですか。どこに行ったんですか?」
「それはお答え出来ません」
「……どして?」
ふとメイドさんに違和感を感じる。
いつも通りニコッと微笑んでいるが、その瞳は俺を捉えて離さない。文字通り、俺にここから動くなと言わんばかりに。
「お嬢様は自分の意思で滝上様について行きました。縁談の話を進めるつもりなのでしょう」
「それを邪魔しようと考えている俺に二人の行き先は教えられない、ってことですね」
「相変わらず陽登君は鋭いですねー」
俺からすればあなたの方が余程鋭いですよ。そりゃ日本刀並みの鋭さ。
どうやらメイドさんは俺を疑っている。正解ですよ、俺は邪魔しに行かなくてはならない。
まず一つに、俺はお嬢様の質問に答えを返していない。自分の気持ちを言う為にお嬢様に会いたい。二つ目に、滝上とお嬢様の縁談をぶち壊したい。
「申し訳ないっすね。俺はどーしてもお嬢様に会わないといけないんです」
「この前の舞踏会で粗相を見せつけて天水家の威厳を地にまで落とした陽登君がですか?」
「俺のせいで縁談を断りにくくなったのなら、なおさら行かなくちゃいけませんね」
「……鋭いと言うより、状況把握能力が高いと言った方がしっくりきますね」
一定の微笑みを続けていたメイドさんが目を見開いたのを俺は見逃さなかった。僅かだがメイドさんは動揺した。
以前から滝上がお嬢様にアプローチしており、加えて父親同士が知り合いで縁談の話は持ち上がっていた。俺のソーラン節で天水家の面目は潰れて立場が弱くなったことにより、何より父親の顔を潰さない為にお嬢様は縁談の話を了承することにしたのだろう。
俺がイチゴ牛乳飲んでいる間に随分と話が進んだものだ。
「陽登君の鋭さには驚かされましたが、これで分かりましたよね。陽登君を二人のいる所に行かせることは出来ません」
「それは天水家に仕えるメイドとしての見解ですか」
「そうです」
「なるほど。でしたら俺は俺個人の見解を言いましょう。俺はお嬢様があんなセレブブタと結婚するとか嫌です」
お嬢様は滝上と会うことを嫌がっていたが、俺はそれに自分の意見を隠していた。陽登はどう思う? そう聞かれて、俺には関係ないことだと逃げた。
違うだろ馬鹿元ニートが。俺だって、俺はお嬢様が滝上と一緒にいることが嫌なんだ。
「自分のツンデレっぷりに吐き気が出ますよ~。本心から逃げてそのくせ落ち込んで、心底情けなかったです。でも向き合ってみせます。俺自身からも、そしてお嬢様とも」
だから俺はここにいる。前を見て嫌なことと向き合うと決めた。
でもここにお嬢様はいない。では急いで会いに行かなくては。俺は踵を返して屋敷から出て行こうとする。
「どこに行くつもりですか」
「お嬢様のところです」
「やめてください。天水家、雨音お嬢様に迷惑がかかります」
「そんなの知ったこっちゃねーわ」
俺のせいで天水家に迷惑がかかる。せっかく両家で進みつつある縁談が台無しになる。お前も天水家に仕える人間なら、身の程を弁えろ。確かにそうだな。
だがしかし、俺は進む。俺が嫌だからだ。
まっ、それ以上に……あいつの辛そうな顔なんて見たくない。
「主に仕えるのが使用人の仕事です。主人がいないと仕事もクソもないでしょ」
玄関から出て、俺は大きく息を吸い込む。
この巨大な屋敷で吸う空気にも慣れた。あの生意気で高飛車なクソ女の隣にいることにも慣れた。せっかく慣れたのだからまだまだその心地良さを味わないともったいない。
だから俺は叫ぼう。似合わない大声で、必死に声を吐き出す。
「運転手、庭師、シェフ! 全員集合しやがれ!」
「「「お呼びですか」」」
俺のかけ声に呼応して即座に集結するは三人のおっさん。
パチンカス、娘に悩む親父、漫画大好き。三人共メンタルは弱いが、今は真摯な顔で俺を見つめていた。上等、良い顔してるぜお前ら。
「今から俺らのワガママお嬢様を迎えに行く。俺について来ぉい!」
声が響き渡る。喉が震えて目の奥が熱い。大声を出したことで軽く意識が浮く。
前を見れば、三人のおっさんがニヤッと笑っていた。うしっ……じゃあ行きますか。
「待ってください陽登君」
「待つのはメイドさんの方っすよ。お嬢様を連れ戻して来るので、いつも通りニコッと笑って待っていてください」
「そうじゃありません。陽登君、あなたは天水家と滝上家の縁談を台無しにするつもりですか。自分が何をするつもりか分かっているんですか!」
らしくない大声。メイドさんが顔を歪めて俺を睨んでいた。
確かにあなたの言う通りですよ。俺なんかが首を突っ込んではいけないことぐらい。
「分かっていますよ。分かっている上で俺は行くんです」
くだらねーことで悩んで勝手にへこんだ。面倒くさいことや辛いことから目を背け続けてきた。
まぁそっちの方が気楽で良い部分もあるけどさ、今回はちょっと違う。お嬢様がどこか遠くに行ってしまいそうなんだ。それは、すげー嫌なんで。
「……止めても無駄なんですね」
「そうっすよー。思春期って自分勝手なんですわ。すまんな」
「陽登君の馬鹿さ加減には心底呆れました。……滝上家のお屋敷に、お嬢様はいます」
「え?」
「雨音お嬢様が嫌がっていることは分かっていました。でも私は何も言いませんでした。言おうとしなかったのか、言うことが出来なかったのか、それは自分でも分かりませんが……でも陽登君は言うつもりなんですね」
お嬢様をよろしくお願いします。そう言ってメイドさんは屋敷の中へと戻っていった。
陽に浴びた鮮やかな茶髪を舞わせて、小さく眉をひそめたメイドさんは一瞬だけ俺に向けてニコッと笑いかけてくれた。
「……ういーす。任せてくださー」
俺の間抜けな返事はきっと聞こえていないだろう。
でもいいんだ。またここに帰ってくる時には隣にお嬢様を連れて来るから。それが何よりの返事となるだろう。
「さてと。じゃあ野郎共行くぜ」
天水家に仕えるおっさん三人衆を引き連れて俺は歩きだす。
始めようじゃねーか、俺らのお嬢様奪回作戦を。




