ep8:羨望
”コンコン”
団長室のドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼します。無事に試験日程をすべて終えました」
「報告ありがとうマリー隊長。怪我人は?」
「想定範囲の軽傷者はいますが、重傷者はゼロです」
「それは良かった。どうだい?今回の入団希望者達は?」
「はい、優れた者達も多く、今後の活躍が期待出来ると思います」
「それは楽しみだね。報告は以上かい?」
「……あの……ノックス団長にお願いしたい事があります」
「構わないよ。何が希望か聞こうか」
「ご子息のアッシュを私に頂けないでしょうか!」
「…………そういった事は本人と話し合って、二人が合意しているなら私は反対したりしないよ」
「あ…いえ…その…そうゆう意味では無くてですね……私の隊への配属を…決めて頂きたいというお願いでして……」
マリー隊長は頬を染めながら、慌てて発言を訂正している。
「はは、すまない。冗談だよ、冗談。その歳で隊長職に付いて気負い過ぎてるように感じてね。少し肩の力を抜いて貰うつもりだったが…年相応の反応が見られて良かったよ」
いつも気を張った姿を見ているだけに、思わず笑みが溢れてしまう。
「もう、驚かせないで下さい!」
「アッシュの事をそれほど評価してくれるのは、父親としても嬉しい事だ。マリー隊長の要望は聞き入れよう」
「ありがとうございます!」
「ただ、せっかくだから理由を教えて貰っても良いかな?実力だけで評価してる訳じゃないんだろう?」
「それは……ご本人にお伝えするのは大変恥ずかしいのですが……」
マリー隊長は、緊張した様子で話を続ける。
「ノックス団長、私は子供の頃からずっと貴方に憧れて魔法師を目指して来ました」
「君ほどの魔法師に目標にされるのは光栄な事だね」
「私だけではありません。王都バルサスであの時期に育った子供であれば、誰もがノックス団長やロック・ローランドに憧れていました」
「………………」
「自分に魔法の才能があるとわかった時、あの時ほど嬉しいと思った事はありません。残念ながら、適性魔法は水属性でしたが……でも、スルードの災厄がすべてを奪ってしまった……」
「俺の力が足りなかったばかりにすまない……」
「違います!ノックス団長達が居なければ、王都バルサスも滅んでいてもおかしくなかった。私達は守られたんです」
「………………」
「でも、私達は……いえ、私は国王が旧バルサス守護魔法師団への非を認める声明を出すまで口を閉ざして来ました……あれほど心躍らせ、憧れていたのに、周りの大人達の顔色を窺って触れる事を避けて来ました」
「辛い思いをさせてしまったな……」
「アッシュの事を聞いた時、羨ましかったんです。彼の適性魔法は風属性なんですよね?それなのに、ロック・ローランドに憧れて土属性を修練し続けている」
「アッシュにも事情はあるが、ロック団長……ロック・ローランドに憧れて、適性魔法ではない土属性の魔法を使っているのはそうだね。適性が無いならば、その分を努力で埋めるしかないとあの子はこれまでやって来た」
「その言葉を聞いて、私は尚更悔しくて仕方ありません……私はノックス団長のように……紅蓮の魔剣士と呼ばれた貴方のような炎属性の魔剣士になりたかった!適性とか強さとか関係無く、自分の憧れた姿を目指したかった……でも、私は自分に言い訳をして諦めてしまった」
「だからアッシュのことを?」
「はい……私が成せなかった道を歩む彼の事を近くで見届けたいと思いました。彼がこれからどのような道を進んでいくのかを……」
「アッシュに君の望むような姿があるかはわからない。だが、そうした経験をして来た今の君だからこそ、あの子に伝えられる事もある。アッシュの事は任せるよマリー隊長」
「はい!お受け致します」
マリー隊長が部屋を去った後、ノックスはいたたまれない気持ちになっていた。
あの日、自分の無力さを思い知った。
そのせいで、こうして多くの者に辛い思いをさせてしまった。
王都に来る理由を、必要とされるならば力を貸したいとアッシュとフローラには伝えたが、本当は過去の自分の弱さを乗り越えたいという己のエゴが強かったんじゃないかと思う時がある。
マリー隊長は、過去の自分を受け入れ、新しい一歩を踏み出そうとしているのだろう。
俺もこのまま過去に囚われ続ける訳にはいかない。
この国で確実に何かが起ころうとしているのだから……




