98話 魔石証書
宰相ゼラリウスの申し立ては他の貴族も感じていたことだったので、皆が一様に頷き賛同の意思表示をしている。
エドマンドは余裕の笑みを浮かべながら、壇上からゼラリウスに視線を合わせた。
「宰相の意見はもっともなことである。だから私はこの場に皆を集めたのだ。セレスティア、指輪をこちらに」
「はい。お父様」
セレスティアは中指にはめていた指輪を外し、立ち上がると恭しく指輪を差し出した。
母の形見のアメジストの指輪。
メリンダに奪われてからは、二度と離すまいとネックレスにして肌身離さず身に着けていた。
シモンズ伯爵に嫁ぐ日は、ネックレスにはできないのでドレスに縫い付けて隠した。
ずっと今まで大切にしてきた指輪である。
パレードの日、初めて確認し合った父と娘の別れ際、セレスティアが来ることを首を長くして待っていると伝えたその後で、エドマンドは尋ねた。
「母の指輪を、そなたは持っているか?」
「はい、いつも肌身離さず身につけています」
セレスティアは、そっと胸を押さえる。
「そうか。それは良かった。いつ何時でも取り出せるように、いつも身に着けていて欲しい」
エドマンドの最後の言葉の意味は、これだったのだとセレスティアは理解した。
指輪を手にしたエドマンドは、侍従のマシューに目で合図を送る。
マシューは宝石で飾り付けられた小箱を、盆に載せて運んで来た。
エドマンドが箱に入っていた石を取り出すと、それは光り輝く透明な石、極上の魔石であった。
「皆の者、よく見るがいい」
エドマンドが魔石の光を指輪にかざすと、指輪から光が飛び出し壁に文字が浮かび上がる。
「こ、これは、魔石証書!」
宰相ゼラリウスの言葉の後に、他の貴族たちも魔石証書だとざわめき始め、壁に映し出された文字を読み始める。
『国王ノヴィリス・ウイキネスは、王太子エドマンド・ウイキネスとクレア・フォーサイスの婚姻を認める。
これにより、クレア・フォーサイスに側妃の身分を与える。
大神官アンティス・フラーはこの婚姻の証人とする』
この文の下に、ノヴィリス、アンティス、エドマンド、クレアのサインと王印、婚姻が成立した十八年前の年月日が記されていた。
六月八日、その日はエドマンドがクレアに、この指輪を結婚指輪だと言って贈った日である。
「国王陛下、たいへん失礼いたしました。王女様は正式な側妃殿下のお子だったのですね」
「まあ、わかってくれれば良い。先ほどの無礼は水に流そう。何だったら出生届も見せようか?」
「いえ、もう結構でございます。これから先、王女殿下の身分に異議を申し立てる者はおらぬことと存じます」
こうしてセレスティアの主要貴族に対するお披露目は無事に終わった。
皆が帰った後、セレスティアはエドマンドと二人だけのお茶の時間を持った。
「お父様、この国が魔石の研究が盛んであることは知っていましたが、この指輪が魔石だとは思いもよりませんでした」
セレスティアは中指にはめた指輪を優しくなでた。
「まあ、そうだろうな。クレアにもそれが魔石だとは言ってなかったから。アメジストだとずっと思っていたのだろう?」
「はい。わたくしもずっとアメジストだと思っておりました」
「クレアは魔石版にサインをしただけだから、自分が何にサインをしたのかもわかっていなかったと思うぞ」
エドマンドは、はははっと、ちょっと寂し気な小さな笑い声をあげた。
そして魔石証書を作った十八年前のことを思い出す。
エドマンドはクレアとの結婚を許してもらうために、父親に会いにウイキネス王国へ戻った。
国王ノヴィリスはマシューから報告をすでに受けていたのでさほど驚くことはなく、やんわりと諦めさせる気持ちでいた。
しかし、エドマンドの熱量の強さに折れた。
生まれてからずっと王太子の重荷を背負い、努力してきた子である。
我が儘を言ったこともない。
王太子に必要なことだと割り切って、全てを受け入れているような子どもだったのである。
その子が初めて父を説得して、我が儘を通そうとしている。
しかも正妃はそのままで、愛する娘は側妃で迎えると、立場をわきまえた我がままである。
ノヴィリスは魔石版に婚姻許可の文を書き、大神官にも証人になってもらい、それを指輪の魔石に移した。
残るはクレアのサインと婚姻の日を書けば良いだけの状態にして、エドマンドはアカデミーに戻って来たのである。
魔石証書は、魔石研究が盛んなウイキヌス王国だけで有効な証書である。
一度記入した文字は、書き直すことができず劣化することもない。
水に濡れても紙の証書のように滲むこともない。
しかしあまりにも高額なために、一般に普及されていないのが現状である。
「お父様、わたくしの出生届けはどうしたのですか?」
「ああ、あれは大神官に頼んで作ってもらった。だから何の心配もいらない」
「ありがとうございます」
セレスティアは、王女として生きるために父親が数々の問題を解決してくれることに深く感謝していた。
まるで親鳥の羽毛に包まれているような、暖かい気持ちになる。
「さて、次は舞踏会を開いて、そなたのお披露目をしなくてはならんな」
エドマンドはお茶を飲みながら、にこりと微笑んだ。




