97話 王宮での一歩
謁見の間の赤いじゅうたんをセレスティアは静々と歩き、壇上の国王エドマンド、王妃レジーナ、王太子フィリウスの前で立ち止まった。
エドマンドのアメジスト色の瞳が、レジーナの黒い瞳が、エドマンドと同じ金髪で面立ちもよく似ているフィリウスの紫色の瞳がセレスティアをじっと見つめている。
「国王陛下、王妃陛下、王太子殿下、本日はわたくしのために、このような場を設けてくださいましたこと、誠に深く感謝申しあげます。わたくしは側妃クレアの娘、セレスティアでございます。長き療養生活を終え、王都に戻って参りました。以後、よろしくお願い申し上げます」
セレスティアは美しいカーテシーで挨拶をする。
エドマンドが椅子から立ち上がり、セレスティアの前までゆっくりと歩みを進める。
「ああ、我が娘よ。もう体調は良いのだな。長い間の療養生活ご苦労であった。これからは水宝宮で暮らすが良い」
「ありがとうございます」
エドマンドはセレスティアをハグして、優しく背中をポンポンと叩いた。
周りにいた家臣や侍従、護衛騎士、はては隅にいた使用人たちまで温かな拍手を送った。
ここまでの流れは、予め決められていた台本通りである。
セレスティアは病弱なために、長い間レイネスで療養していたことになっている。
ベルランテ王国にいた頃は、エマーソン伯爵が社交界デビューをさせなかったために、世間を賑わすような美女であるにも関わらず、その存在は知られていなかった。
結果的に、それがウイキヌスで生きるために役立ったということになる。
台本はここまでであったが、レジーナも壇上を降りてセレスティアの前に出た。
「セレスティア、よく来ましたね。わたくしはあなたを歓迎します」
そう言ってレジーナは、笑顔でセレスティアの両手を包み込むように握った。
「王妃陛下、ありがとうございます」
思わぬレジーナの歓迎にセレスティアは驚いたのだが、周りの者たちも驚きを隠せなかった。
だが、パチパチとフィリウスが手を叩き出したので、謁見の間に拍手の渦が巻き起こった。
こうしてセレスティアは、王宮での一歩を踏み出したのである。
今から二時間前、王妃レジーナは冷めた目で台本を見ていた。
セレスティアを国王が歓迎している風を、皆に見せつけるための催しである。
今回は内輪だけの催しであったからか、そこに王妃の役割はなく、ただ傍観者としての位置づけであった。
おそらくエドマンドが気を遣ったのだろうということはわかっていた。
だから笑顔の仮面をつけるべきか、無表情を貫くか、どちらにしようかと迷っていた。
そこへ最愛の息子フィリウスが金色に輝く髪をなびかせて現れた。
16歳のフィリウスは、エドマンドによく似て美しい顔立ちをしている。
父親と同じ紫色の瞳で、にこりと母親に微笑んだ。
「母上、セレスティアの扱いを悩まれているようですが、セレスティアを利用すればいいんじゃないですか?」
「利用するって?」
「おそらく家臣たちは母上のお立場を考えて、どう接するのか注目するはずです。冷たくすればそれは当たり前のこと。ですが、温かく迎えれば、きっと母上のことを聖母様のようだと噂を広めてくれるでしょう」
いたずらっ子のような顔をしてそう語るフィリウスのことを、レジーナは感心して見ていた。
「まあ、あなたも大人になったわね。あなたがそう言ってくれるなら、それもいいかもね」
かくして謁見のセレモニーは温かい雰囲気の中で終わり、思惑通りレジーナの株も上がった。
翌日エドマンドは、セレスティアをこの国の重鎮である主要貴族たちに紹介をする場を設けていた。
セレスティアに嫌がらせをしたエルシーのように、私生児だなんだと陰口をたたく者もいる。
彼らを黙らせるために、一気に片を付けようと考えていた。
謁見の間に集まって来た貴族たち十八人は、空席の玉座を見てそれぞれの思いを囁き合っていた。
「陛下の娘を紹介すると言うが、本当に陛下のお子なのか?」
「この場合、陛下のお子だと言っても書類上は私生児ではないのか?」
暗い憶測が小声で飛び交っている。
しばらくすると、国王陛下と王女殿下の登場を宣言する声が響いた。
皆一様に頭を下げて、二人が玉座に座るのを待つ。
「皆の者、面を上げよ」
エドマンドの声で皆が一斉に顔を上げた。
目の前には見慣れた国王の隣に、初めて見る若い王女が座っている。
並ぶ二人の瞳の色は同じで、目元の辺りがエドマンドによく似ている。
一目見ただけで親子だとわかる美しい令嬢。
しかし皆が驚いたのはその美しさだけでなく、彼女の醸し出す王族の気品と、ずっと前からこの玉座に座っていたかのような完璧な調和を見せていることだった。
エドマンドが立ち上がり、壇上から皆を見下ろし不敵な笑みを浮かべる。
「ここに集まってもらったのは、皆に我が娘を紹介するためである。長らく療養していたが、これからは王城で暮らし、社交界にも顔を出すことになるのでな」
「恐れながら陛下に愚見を申し上げます。正式な書類なしに王女の身分を授けるのはいかがなものかと」
宰相ゼラリウスが皆を代表して意見を申し立てた。




