95話 レジーナとクレア
王妃レジーナは、エルシーからの手紙を読みながら、十八年前の悪夢を思い出していた。
セレスティアに嫌がらせをしてしまったら、エドマンドの庇護欲を刺激してしまう。
これではまるで、あのときのクレアと同じだわ。
王妃レジーナは、国王エドマンドよりも一つ年上で、エドマンドが10歳、レジーナが11歳の年に婚約をした。
レジーナの実家はこの国で大きな権力を持つ侯爵家で、エドマンドの地位を盤石にするためには申し分のない相手であった。
婚約をした頃、レジーナはエドマンドのことを、少し頼りなく優しすぎる王太子だと思っていた。
二年ほど前に父に連れられて王城に来た際、8歳のエドマンドに偶然出会ったことがある。
そのときエドマンドは、庭に植えられている木を見上げてボロボロと涙を流して泣いていた。
「王子様、いったい何があったのです?」
「あの巣にいた雛がカラスに食べられてしまったんだ。毎日親鳥から餌をもらっていたのに……ううっ」
話している最中にも、感情が高ぶり嗚咽をもらした。
「どうしてカラスの仕業だと?」
「侍女が見たそうだ。俺がそばにいたら、雛を守ってやれたのに…うううっ」
エドマンドの流す涙の量がますます増えてくる。
「まあ、それは可哀そうなことでしたね」
レジーナは可哀そうだと同情する素振りを見せたが、実は内心はドン引きしていた。
動物たちの生きる世界は弱肉強食の世界である。
弱者が強者に食べられるのは仕方がないこと。
その頂点に人間がいて、私たちは毎日お肉を食べられるのだ。
食べられた雛のことを気の毒だとは思うが、エドマンドのように感情的にはなれない。
この王子は、国王になるには優しすぎるのではないかしら。
当時9歳のレジーナは、王太子を目の前にしてそんなことを考えていたのである。
婚約してからは、年上のわたくしが厳しい目を持たなくては!
そう思って接していたためか、ついつい小言が増えてしまった。
もっと王太子らしく振る舞ってください。
家臣に舐められないような行動をとってください。
他にもいろいろ。
エドマンドに煙たがられても仕方がないような言葉がけをしたことは、一度や二度ではない。
しかし、エドマンドは生来の優しさ故か、二か月ごとに行われる二人だけのお茶会を欠席することはなく、誕生日には欠かさず花束でお祝いをしてくれる。
レジーナを嫌っているようには見えなかった。
では、レジーナ自身がエドマンドのことを愛しているのかと問われれば、恋愛対象と言うよりも、国という大きな会社の共同経営者のような感覚で見ていた。
二人の婚約は問題なく年を重ね、エドマンドが20歳になったら結婚することが決まっていた。
しかしエドマンドが17歳になった秋に、ベルランテ王国のアカデミーに一年間留学することになり、それまでの定期的な顔合わせができなくなってしまう。
レジーナは、護衛の一人に侯爵家の息のかかった騎士を潜り込ませて、逐一エドマンドの情報を届けさせることにした。
クレア・フォーサイスの名前が報告書に上がって来たのは、エドマンドが入学してすぐのことだった。
淡く輝く水色の髪と湖を思い浮かべさせる水色の瞳、妖精のような儚い雰囲気を持つ絶世の美女。
その上、領地民を救うために犠牲となった薄幸の乙女である。
心優しいエドマンドの庇護欲を刺激するのに、これほどのはまり役はいない。
レジーナは嫌な予感に襲われた。
そしてその予感は見事に的中する。
エドマンドがクレアに夢中になって追いかけ回し、とうとう結婚の準備のために帰国してきたのである。
定期的なお茶会と誕生日以外に会うことがなかったエドマンドが、予定があるわけでもないのに、会いたいと連絡を寄こした。
きっと婚約破棄のことだろう。
レジーナの心はズンと重くなり、できることなら会いたくないと思ったのだが、王太子の申し出を断るわけにはいかない。
渋々王宮へと足を運んだ。
いつものお茶会の部屋で、レジーナはエドマンドと向かい合う。
今、エドマンドには自分はどんな風に映っているのだろうか?
真っ黒な髪に同じく黒い瞳、そして言いたいことをはっきり言ってしまうきつい性格。
クレアが清らかな森の泉から湧き出た妖精ならば、クレアと真逆の自分は、差し詰め暗い森に巣くう魔女と言ったところだろうか?
レジーナは、出されたお茶に手を付けることもせず、黙ってエドマンドが話し始めるのを待った。




