93話 悪意
執事ブライアンによる私室の説明が終わった後、セレスティアはダイニングルームに案内され、遅めの昼食をとることになった。
広いダイニングルームに置かれている大きな長方形のテーブル。
その真ん中に座るように促され、たった一人で食事をすることになる。
フォーサイス家の賑やかで暖かな食事風景と比べるとずいぶん寂しく感じるが、エマーソン家の冷たく重苦しいそれと比べると、こちらの方がよっぽどマシだと思う。
要は比べるものによって感じ方が違うのだと改めて認識する。
出される料理は、野菜は新鮮で、ドレッシンやソース一つとっても味わい深くとても美味しい。
きっと腕の良い料理人なのだろう。
前菜、スープ、肉料理、サラダと続き、野菜とベーコンのトマトソース煮の料理が目の前に提供された。
大きなお皿にちょこんと品よく盛られた料理は湯気を立て、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
誘われるように一口食べたその一瞬、セレスティアの表情が固まった。
セレスティアが一人で食事をしている間、侍女たちは料理を運び、グラスの水が減れば新たに注ぎ入れる。
四人の侍女たちは、仕事がなければ壁際に待機してセレスティアの指示を待っている。
金髪を二つ括りの三つ編みにしているエルシーも壁際に立ち、じっとセレスティアを見つめていた。
そして、セレスティアの表情が固まったわずかな一瞬を見逃さなかった。
ふふっ、料理の味に驚いたようね。
あなたが歓迎されてないってこと、思い知るがいいわ。
王女王女ともてはやされて調子に乗っているようだけど、あなたなんて陛下の血が流れているってだけで、所詮私生児なのよ。
それなのに、高貴な王妃様の心を煩わせるなんて許せないわ。
偽物の王女なんだから、多少料理がまずくても何も言い返せないでしょう?
あなたにできることは、そのまま黙って食べるか残すくらいよね。
化けの皮が剥がれるまで、せいぜい王女を気取っているといいわ。
エルシーは真面目な顔で壁際に立っていたが、心の中ではセレスティアを激しく罵っていた。
セレスティアは手にしていたフォークを皿に置き、ナプキンで軽く口元を押さえた。
あら、食べるのをやめて残すのね。
エルシーは無言でほくそ笑む。
セレスティアは何かを決意したように一息吸った。
「エルシー、ちょっとこちらへ」
「えっ? どうして私の名前を?」
「先ほどあなたの口から名前を聞きましたよ」
うそ!ありえない。
さっき名前を聞いたからって、全員の名前を覚えたって言うの?
使用人の名前をいちいち覚えているなんて……
エルシーはセレスティアの記憶力に驚いたが、この場を取り繕うのに神経を集中することにする。
「申し訳ございません。あの、いったい何のご用でしょうか?」
「この料理は、あなたが運んできましたね」
「は、はい。そうですが」
やだ!おとなしいと思っていたのに、文句を言うつもり?
「今までのお料理はどれもとても美味しく、料理人の真心を感じるものでした。ですから、このお料理を同じ人が作ったとは思えません。エルシー、私の言っている意味がわかりますか?」
「あ、あの……私には何のことだか…」
「王女殿下、よろしければ、私に毒見をさせていただけませんでしょうか?」
リリアンが、サイドボードに置いていたスプーンとフォークを持って駆け寄って来た。
「ええ、かまいませんわ」
「失礼します」
リリアンは、一口食べると口を押えて絶句した。
「王女殿下、申し訳ございません。このようなものをお出しするとは」
「リリアンが謝ることはありません。わたくしが聞いているのはエルシーなのですから」
「で、ですから私には何のことだか……」
「お父様のお手紙には、口が堅く信頼のおける侍女を三人、わたくしにつけると書かれていました。エルシー、あなたは誰の命令でここにいるのです?」
目を伏せ、のらりくらりとごまかそうとしていたエルシーが、はっとして顔を上げた。
「わ、私も陛下からのご命令でここにいるのです」
焦った口ぶりのエルシーに対して、セレスティアは表情一つ変えずに冷静に問う。
「そうですか。陛下と言うことは、王妃陛下ですね。王妃陛下があなたにこのような嫌がらせをするようにお命じになったのですか?」
「お、王妃陛下はそのような心の狭いお方ではございま……、あっ!」
エルシーは慌てて自分の口を押えたが、それは時すでに遅かった。




