92話 白亜の館
エルヴィンがウイキヌス王国に旅立った日の一年前の四月、17歳になったばかりのセレスティアは、馬車でウイキヌス王国へと向かった。
父親である国王エドマンドが遣わした馬車はゆったりとしていて乗り心地が良く、セレスティアは自分一人で乗るのはなんだかもったいないような気がしつつも、父親の気遣いに感謝の思いでいっぱいだった。
一緒に旅をする護衛騎士たちは騎乗護衛なので移動中に話すことはないが、休憩時に言葉を交わすと、皆とても優しく、セレスティアを王女として扱ってくれる。
行先はいきなり王城へというわけではなく、ウイキヌス王国の南に位置する王族専用の保養地であるレイネス。
護衛騎士のルベン・ビウラーが理由を話してくれた。
ルベンはセレスティアの専属護衛騎士に任命された若い騎士で、緑の短髪と切れ長の茶色い目が、端正な面立ちに凛々しさを加えている。
「王女様、陛下はこの地で王女として扱われることに慣れて欲しいと仰せになりました」
ここ十年ほど、レイネスの屋敷は使われていなかったので、セレスティアを迎えるために人員を送り、暮らせるように整えたのだとも話してくれた。
レイネスに近づくにつれ、のどかな田園風景や水面が光輝く湖が視界を覆い、セレスティアはその美しさに息をのむ。
そして到着したレイネスの屋敷は、王族の保養地に相応しい重厚な造りの白亜の館であった。
ちょうど正午で陽の光が当たる白い館は明るく輝き、澄み渡った青空をバックに荘厳さを増している。
その館の前でセレスティアを出迎えてくれたのは初老の執事と、若い侍女四人である。
少数精鋭で抜擢された彼らは、新しく自分の主人となるセレスティアの到着を、今か今かと待っていた。
護衛騎士ルベンのエスコートでセレスティアは馬車を降りたのだが、馬車から優雅に降り立つセレスティアの圧倒的な気品と洗練された動きに、皆の目が吸い込まれた。
セレスティアの恩師であるフローレンスの教えを、セレスティアは忘れてはいない。
『馬車から降りるところから戦いは始まっているのです』
気を抜けば王女に相応しくないと舐められてしまう。
自分を娘だと認め受け入れてくれた父親に、恥をかかせたくないという思いもある。
今までのような伯爵令嬢ではなく、これからはウイキヌス王国の王女として暮らすのだ。
セレスティアの王女としての暮らしが、この瞬間から始まった。
「王女殿下、長旅お疲れ様でございます。私はこの館の執事、ブライアン・ランハートと申します。これからは何なりとお申し付けくださいませ」
「ブライアン、よろしくお願いしますね」
ブライアンはセレスティアを応接室に案内し、そこで侍女たちの紹介をする。
侍女たちはそれぞれの名前を自己紹介し、セレスティアは一人一人の名前を特徴と共に心に刻んでいく。
赤毛を後ろで一つにまとめているリリアン、金髪を二つ括りにしているオーブリー、茶髪を一つ括りにしているミア、最後の一人は金髪を二つ括りの三つ編みにしているエルシー。
彼女たちの瞳の色の違いも覚えた。
侍女たち四人は子爵家や男爵家の娘であるが、ファーストネームで呼んで欲しいと頼まれたので、セレスティアはその希望に応えることにした。
「王女殿下、こちらは陛下からのお手紙でございます」
セレスティアは、ブライアンが差し出した封筒から手紙を取り出し目を通す。
手紙にはここでの暮らしの注意事項。
そして一か月後には王城で暮らすことになるから、それまでに王女としてのふるまいと、王女として扱われることに慣れて欲しい。
私のことは陛下ではなくお父様と呼ぶようにと書かれていた。
手紙の言葉の端々から、セレスティアへの心配と愛情が伝わって来る。
一か月後に会うときに、お父様をがっかりさせたくないと、セレスティアは思うのだった。
その後セレスティアの私室に案内されたのだが、この館の一番良い部屋であることは間違いなく、部屋の広さと置かれている調度品の質の高さは申し分ないものだった。
このまま、王女として平和な日々が続いて欲しいと思ったのだが、遅めの昼食の席で、セレスティアへの最初の試練が待っていた。




