91話 エマーソン伯爵の独白2
フォーサイス領まで行って会ってみたら、やはり婚約解消の話だった。
伯爵は私が支払った借金を全額返すことができ、さらに慰謝料まで払うと言うではないか。
よほどの支援者が現れたのだろうと思って尋ねてみたが、それは申し上げられませんと断られた。
むやみに名前を告げられぬ人物ということは、かなりの高位貴族だ。
このままでは、せっかく手に入れた女を奪われてしまう。
それならば、私の方が早く結婚すれば良いのだ。
純潔を重んじる高位貴族は、他の男の子種を注がれた女を娶ることはない。
私は婚約解消を承諾したと嘘をつき、油断させて騙してクレアを連れ去った。
貴族院と神殿に提出していた婚約届のお陰で、婚姻届けも問題なく受け入れられた。
クレアのサインを偽造するのに多少金はかかったが。
屋敷に戻ってからは、クレアを閉じ込め屋敷から一歩も外に出られないようにした。
何度もフォーサイス家の者が会いに来たが、追い返してクレアと会わせないようにした。
しばらくするとクレアは子を身ごもった。
私の勝利だと思った。
だが、子どもと一緒に攫われることも考えられる。
私はクレアが生きている間、クレアも子も外出することを禁じた。
生まれた子の髪色は水色で、クレアによく似た可愛らしい女児だった。
瞳の色は紫色で、クレアの水色でも私の緑色でもなかったが、二人の色が混じれば色が変わることもあるのだろうと、その程度にしか思っていなかった。
だが、私の考えが甘かったことを知らされる。
行きつけのバーで酒を飲んでいたら、馴染みの娼館のマダムと出会った。
「伯爵様、ご結婚なさったんですってね。おめでとうございます。来てくれなくなってベリーが寂しがっているんですよ。たまには遊びに来てくださいな」
「いや、妻がいる身で、娘も生まれたからな。もう行くことはないだろう」
「まあ、お子様がお生まれになったのですね。それはそれはおめでとうございます。ベリーったらとんでもない嘘つきだわ」
「嘘つきとは?」
「ほら、私の店ではあの子たちに避妊薬を飲ませているでしょう。今だから言いますけど、ベリーったら、子どもができたら一生伯爵様の愛人になれるかもって、薬を飲んでいなかったんですよ。だけど子どもはできなかった。だから伯爵様は子どもが作れない体質なんだって言うんですよ。後で聞いて本当に驚きましたわ」
マダムの言葉に私は胸騒ぎを覚えた。
あのおとなしいクレアが私を裏切った?
いや、だが結婚してから妊娠がわかるまでの日数も出産予定日も、怪しい点はなかったはずだ。
しかし、それから何年たっても、クレアと私の間に次の子はできなかった。
ベリーの話は嘘ではなかったと言うことか?
怖くなった私はクレアが死んで後妻を迎える際に、私と同じ瞳の色をした子を持つナタリーを妻にした。
もし子ができなくても、皆が私の子だと思えるようにしたかったからだ。
本当に子ができない体質なのかは半信半疑だったのだが、結局、ナタリーとの間にも子はできなかった。
セレスティアは、やはり私の子ではなかったのだ。
クレアは私を裏切っていた。
大金を払って買ったのに裏切るなんて、どうやって復讐してやろう?
思いつくのは、セレスティアを簡単に裏切るような男に売ることだった。
平民ごときに安く売るつもりはない。
できるだけ高値で買ってもらうために、一流の教養を身に着けさせた。
他の男どもに目を付けられないように社交界にも出さず、アカデミーにも行かせなかった。
私のすることに間違いはなかったはずだ。
シモンズ伯爵に高値で売り渡すことができたのだから、それが証拠だ。
ああ、痛い、苦しい、背中に当たる床が固くて冷たい。
いったいどれくらい血が流れた?
意識が朦朧とする。
最後の使用人が出て行く際に、ドアを閉めなかったのだろう。
だからあんなに大きな魔獣が屋敷の中に入って来たのだ。
矢が刺さった黒い魔獣は、唸り声を上げて私に襲い掛かって来た。
まったく最後まで使えない使用人だった。
私が襲われた後、ナタリーとメリンダの悲鳴が聞こえてきたが、もう何も聞こえない。
ああ、苦しい。息ができない。
目を開けることさえもできなくなってしまった……。
エマーソン伯爵は激痛に苦しみ、動きたくても動けぬ身体をどうすることもできずにいたが、最後は眠るように静かに意識を手放した。




