86話 墓地
エルヴィンは気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吸った。
「言いたいことはそれだけか? だったら俺はもう行く」
「ちょっと、他の魔獣もやっつけてくれるのよね。約束でしょ?」
「ああ、待ってろ。倒してくるから」
エルヴィンが馬を駆り荷馬車と共に森の中に入っていくと、すぐに武器を構えた仲間に出会った。
「お前たち、休憩してたんじゃなかったのか?」
「ゲートの匂いがしたんで場所を移したんだ。ここからもうすぐ出てくる」
フラギスがゲートの場所に指をさす。
待っていると鹿に似た魔獣が一匹現れ、皆でいとも簡単に仕留めることができた。
エルヴィンはその魔獣をメリンダに見せに行く。
「メリンダ嬢、これで約束は守った。二度とあんたに会うことはないだろう」
エルヴィンたちは今回の獲物二匹を荷馬車に積み、ベラトール領を目指して馬を走らせた。
「エルヴィン、矢が刺さったままゲートに戻った魔獣はまだ倒していないんだが、放っておいていいのか?」
フラギスが心配そうに声をかけた。
「ああ、もういいんだ。これ以上ただ働きをする必要はない」
「エルヴィンがそれで良いなら、俺はもう何も言わないよ」
その日の真夜中、葉が落ち裸になった樹木の枝が淡い月光に照らされている中、ザクッザクッとスコップで土を掘る音が響いていた。
カンテラの灯りは三つ。
その灯りを頼りに土を掘り続ける三人の吐息は白い。
三人以外は誰もいない墓地で、彼らは一心不乱にただただ土を掘り続ける。
コツンッ!
これ以上掘れない手応えを感じた。
スコップの先が棺の蓋に当たったのだ。
「なあエルヴィン、もうやめようよ」
「ここまで来て何を言う。蓋の全面が出るまで土を堀り上げてくれ」
「だけどこれって、死者に対する冒涜だよ」
「本当に死んでいたらな」
「フラギス、エルヴィンを信じてここまで来たんだ。最後までやってやろうじゃないか」
「……ああ、わかったよ」
エルヴィンとフラギス、マグヌの三人は、ベラトール領に戻る皆と別れて道具を買い、シモンズ伯爵領の墓地のそばで真夜中になるまで待っていた。
今までにセレスティアの墓に何度も花を手向けに来たエルヴィンは、真夜中でも迷うことなく墓に来れた。
三人は土を掘り続け、やっと蓋の全面が露出した。
「よし、蓋をこじ開けるぞ」
エルヴィンとマグヌが、バールを蓋の隙間に差し込む。
「ひぇー、本当に開けるのか?」
フラギスは両手で顔を覆うが、指の隙間からしっかりと茶色い目が覗いている。
「せえのっ!」
二人がかりで蓋を開け、棺の中をカンテラで照らして覗き込む。
明るく照らされたその中には、大きな石が三つ置かれているだけだった。
エルヴィンはしばらく呆然とその石を見ていたが、やがて大きな声で笑い出す。
「ハハハハッ、メリンダの言う通りだった。お嬢様は生きている。きっとどこかで俺を待っているんだ。おい、マグヌ、フラギス、聞いてるか? お嬢様は生きているんだよ!」
話している途中で、どっと涙が溢れ出た。
ボロボロと流れ落ちる涙は棺の中の石を濡らす。
「ああ、そのようだな。それにしても勝手に死んだことにされてしまうとは、不憫なことだな」
「俺はお嬢様を必ず探し出す。俺がお嬢様をお救いするんだ!」
三人は墓を元通りに戻した後、マグヌとフラギスはベラトール領に戻ったが、エルヴィンは急いで王都へと馬を走らせた。
エルヴィンが始めに手を付けたのは、王都にある犯罪記録を調べることだった。
約二年前にフォーサイス領で起きた盗賊による殺人事件。護衛と御者も一緒に殺された大きな事件だったから、絶対に記録が残っているはず。
大金を払ったお陰で、エルヴィンは犯罪記録をいち早く見ることができた。
セレスティアが嫁いだ日、シモンズ伯爵家の護衛二名と御者一名が盗賊に襲われ殺された。
その日のうちに盗賊十名を捕えたが、シモンズ伯爵夫人は馬車と共に盗賊に攫われて見つけることができなかったと記録されている。
証言者はフォーサイス騎士団長フェクトス・レガート。
翌日、捜索の結果、盗賊のアジトでシモンズ伯爵夫人の死体を発見したが、盗賊を捕まえることはできなかった。
同日に夫人の死亡届を提出している。
証言者はシモンズ伯爵家の執事ロバート・リッケル。
この記録を読めば、エマーソン伯爵家に、四人が一緒に殺されたと報告してきたシモンズ伯爵が嘘をついていたことになる。
シモンズ伯爵は、行方不明になったお嬢様を探す気なんて、これっぽっちもなかったんだ。
犯人に近づくためにも、盗賊の情報が欲しい。
それならば、フォーサイス騎士団長に話を聞くべきだ。
そう結論づけたとエルヴィンは、次はフォーサイス伯爵領へと馬を走らせた。




