85話 情報
八か月ぶりのエマーソン伯爵邸は、見る影もなく寂れていた。
戦場から戻って来た際に見た手入れの行き届いていなかった庭は、ますます草ぼうぼうになっていて、伸びすぎた木々が光を遮り庭を暗くしている。
給金を払えなくなった伯爵邸に残っている使用人は、もういないのかもしれない。
屋敷の玄関のドアをノックすると、使用人ではなくメリンダが現れた。
赤茶色の髪と緑の瞳は変わらないが、眉間にしわが寄り、着ている真っ赤なドレスは安物で、かつての裕福な伯爵令嬢とは明らかに違っている。
「エルヴィン、早速だけど、魔獣を退治してくれる? どこから出て来たのか知らないけど、馬小屋の馬が食べられたのよ」
「その前に、お嬢様の情報は?」
「はあ? 退治する前に教えるわけないじゃない。そんなの倒した魔獣を見てからだわ」
「わかりました。約束は守ってくださいよ」
呆れ顔でそう言うと、エルヴィンは仲間を引き連れて森の中に入って行った。
五年前に、セレスティアを襲った魔獣を思い出す。
あれから森で一度も見ることはなかったが、馬を襲った魔獣はアイツなのかもしれない。
かなり大きな魔獣だったから、襲われた馬は一溜まりもなかっただろう。
エルヴィンは皆に用心するように声をかけて森の奥へと進んだ。
「ゲートはもうすぐだ。馬を繋ぐのはここらでいいと思うぞ」
フラギスの指示で、誘き出すための馬をゲートの近くに繋ぐ。
待つこと二十分、空気が割れて大きなオオカミのような黒い魔獣が二匹、馬をめがけて飛び出してきた。
馬にたどり着く前に一斉に矢を放ち、射られて倒れた魔獣に近づき剣で急所を突く。
しかし一匹は打ち取ったが、もう一匹は矢が刺さった瞬間にゲートに戻ってしまった。
「フラギス、ゲートの位置は?」
エルヴィンの問いに、フラギスは残念そうに頭をかいた。
「違う場所に移動したようだ。また探さなくっちゃな」
「俺はこいつをメリンダに見せてくる。皆、休憩しててくれ」
エルヴィンは荷馬車に魔獣を積んで屋敷へと向かった。
「メリンダ嬢、倒した魔獣を運んで来た。さあ、約束を守ってくれ」
「ちょっと何よ、その呼び方。お嬢様って呼びなさいよ」
エルヴィンは面倒くさそうにため息をつく。
「俺はもうあんたの使用人じゃないんだ。あんたも自分の立場ってもんを見定めた方が良いんじゃないか? で、あんたが言ってた情報って?」
「そうねえ。魔石をくれたら教えてあげるわ」
メリンダが意地悪い笑みを浮かべ、魔獣を指さす。
「はあ? それはできない。ただ働きの上に魔石も手に入らないなんて、俺たちを怒らせる気か?」
「だったら教えてあげないわよ」
「メリンダ嬢、魔獣は一匹じゃないんだ。まだ他にもいる。あんたがその気なら、俺はもうこの件から手を引く。せいぜい魔獣の恐怖で眠れない夜を過ごすんだな」
エルヴィンはメリンダに背を向けて荷馬車の馬に跨った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。わかったわ。話すわよ。話を聞いたら他の魔獣も退治するって約束してくれる?」
「ああ、約束しよう」
「お姉様は死んでいなかったのよ。嫁いだ日、盗賊に殺されたって知らせが来たんだけど、本当は攫われたんだって。だけどシモンズ伯爵が死んだことにして死亡届をだしたのよ」
「死んでないって? お嬢様は生きているのか?」
「まあそう言うことになるわね」
「それってどこからの情報だ?」
「シモンズ伯爵家のメイドとうちのメイドが親しくて、その子から聞いたのよ。行方不明だと再婚できないからって、伯爵が無理やり死んだことにしたって」
「つまり伯爵は、お嬢様はまだ生きているのに、探しもせずに死亡届を出したってことか?」
「でも、まあお姉様には良かったんじゃない? 盗賊に攫われたんだもの。生きてたってボロボロにされてるわよ。死んだも同然だわ。それとも顔だけは良いから娼館にでも売られたかもね。お高くすましたお姉様が男たちの慰み者になってるなんて、想像するだけで笑っちゃうわ」
エルヴィンは震える拳を握りしめ、殴りたくなるのをぐっと抑えた。
そして燃えるような赤い瞳でメリンダを睨みつけていた。




