82話 ゲート
エルヴィンが窓から外を見ると、いつの間にか畑で働いていた人々の姿が消えている。
皆家の中に避難したようである。
しばらくすると、大型獣の土を蹴る音が聞こえてきた。数にして四、五匹はいるだろうか?
「窓は開けんでくださいよ」
老人はカーテンを閉め、外から中が見えないようにした。
魔獣は家の近くをうろうろしていたようだが、結局何もせずに来た道を戻って行った。
「どうやらもう帰ったようですな」
「あの、村長、あなたは魔獣が来るのがわかるのか?」
「この村で暮らしていると、わかるようになったんですわ。だから生き延びているということですな」
「それはすごい!」
「今来た魔獣は馬の匂いを嗅ぎつけて来たんでしょう。魔獣は時々ああやって動物の狩りに出るんです。そんでもって運悪く人間が狩りに出くわしたら襲われてしまう」
「あの、ここに住む誰もが魔獣が来るのを察知できるんですか?」
「ああそうです。察知できない者は死んでしまいますからな。隣のロイなんて、もっとすごいことがわかるんですよ」
「もっとすごいこと? ぜ、ぜひ、ロイを俺に紹介してください!」
村長に紹介してもらったロイは、茶髪に青い目をした10歳の可愛らしい少年だった。
聞けば、魔獣が出入りする場所がわかると言う。
「魔獣って言うのは、巣が見えない別の場所にあるみたいで、空気が歪んだなって思ったらいきなり空気が割れて飛び出してくるんだ。そして狩りが終わったら、出てきたところから元の場所に戻るんだよ。僕はその出入りするところをゲートって呼んでるんだけど、僕はゲートがどこに現れるのかわかるんだ」
「それはすごい、じゃあ、そのゲートに俺たちを案内してくれ」
「えっ? 嫌だよ。そ、そんなの危険すぎる」
ロイは青ざめた顔でブルブルと震えた。
以前にゲートに出くわした際、出てきたオオカミみたいな魔獣が狩りの対象としたのは大きなイノシシだった。
魔獣はロイに気付かずにイノシシに飛びかかった。
だからロイは襲われずに済んだのだが、木に隠れて見ていたら、イノシシはあっという間に捕らえられて食べられてしまった。
食べ終わった魔獣はすぐにゲートの中に戻ったので事なきを得たのだが、本当に生きた心地がしなかった恐ろしい体験だったと語った。
「じゃあ、俺の仲間たちを大勢連れて来てお前を守るから、それならいいだろ? これはお前の仕事だから、給金は弾むぞ!」
「えっ? お金がもらえるんだったらやる!」
かくして翌日、エルヴィンは仲間全員を連れて、ロイと一緒に森の中に入って行った。
「こっちだよ」
ロイの案内で、武装した皆がぞろぞろと森の中を進んで行く。
「おい少年、お前はどうしてゲートがわかるんだ?」
興味津々で聞いてきたのはフラギスである。
「うーん、匂いって言うか空気が震える感じって言うか……、僕にもよくわかんないんです。でもなんとなくわかるんです」
「ふむ、もしかしたら俺にもわかるかもしれないぞ」
フラギスの顔が嬉しそうだ。
「えっ?おじさんもわかるの?」
「お前もわかるのか?」
エルヴィンも驚いて問う。
「俺って、昔からモグラがいる場所がわかるんだよね。誰も信じちゃくれなかったが。匂いと地面と空気の振動でなんとなくわかるんだよ。ゲートがあるのはこっちだろう?」
フラギスは分かれ道を右に指さした。
「すごい!そうです。おじさんよくわかりましたね。」
「まあな」
フラギスは胸を張り、自慢げに指で鼻の下をこする。
「ここで待ってたら、もうすぐ魔獣が出てきます」
ロイの言葉を聞き、皆が木に隠れて息をひそめて待った。
空気が震えだしたと思ったら、パカッと縦に割れて中からウサギが一匹飛び出してきた。
「なるほど、あれがゲートか。どんなに恐ろしい魔獣が出てくるかと思ったら、可愛らしいウサギじゃないか」
「領主様、あの姿に惑わされてはいけません。魔ウサギは肉食、可愛く見せて油断させているんです」
白い毛に覆われた可愛らしい魔ウサギは、見た目は普通のウサギとよく似ているが、口から尖った牙が二本覗いている。
ロイの言葉を神妙に聞き、エルヴィンたちは黙って魔ウサギをじっと見ていた。
しばらくすると魔ウサギを狙った犬のような動物が現れた。
「あれは?」
「この森に住むケニスと呼ばれる動物で、主に小さい動物を捕まえて食べてます」
ケニスは魔ウサギに狙いを定め、じりじりと間合いを詰めている。
突然ゲートが開き、十匹以上の魔ウサギが飛び出してケニスを襲った。
ケニスの首に牙を立てて食いちぎり、動かなくなったケニスを全匹の魔ウサギが覆い尽くす。
そして肉をムシャムシャと食べ始めた。
あっという間に骨になったケニスを残して、魔ウサギはゲートの中に戻って行った。
見ていた皆がぞっとした。
襲われたのが人間だったら、いったいどうなっていたのか?
想像するだけでも恐ろしい。
「領主様、ゲートの案内は終わりましたから、給金もらえますよね」
「ああ、もちろんだ。それから村長と話したいからいったん村に戻ろう」




