81話 ベラトール領
エルヴィンは墓に花を手向けた後、いったんエマーソン家に戻り、祖父ベンジャミンを連れて国王からもらった領地へと向かった。
山に囲まれた自然豊かな領地であるが、前領主はこの地を治める自信がないと言って国王に返納し、しばらくの間、王家直轄領になっていた。
領地と言うにはあまりにも小さな土地であるが、エルヴィンはそこで、ベンジャミンと、許されればセレスティアと一緒に暮らすつもりであった。
だがそれはもう叶わない夢と消えてしまった。
領主となれば、その地を守るために騎士たちを雇うのが通例であるが、エルヴィンは騎士を雇わずに部下たちを雇うことにした。
エルヴィンが領主になると聞いた部下たちが、騎士の代わりをするから雇ってくれと言ってきたのである。
まったく知らない騎士を雇うよりも、気心の知れた仲間と共に暮らす方がよっぽど楽しくなるだろう。
そう思って雇うことにした。
部下の中には故郷へ帰るものや、そのまま兵士として国境警備に就く者もいて、エルヴィンと一緒に行動を共にするのは三十人ほどである。
たった三十人であっても、自分を信じてついてきてくれる彼らを、生かすも殺すも領主の腕次第。
セレスティアを失った今、エルヴィンは、彼らのために生きようと思った。
領地の詳細については、レックスが話してくれた。
国王陛下がレックスに自ら頼んだらしい。
「あの土地はな。魔獣がちょっと多いらしいんだ。前領主も、前々領主も魔獣に悩まされて、結局、命が惜しいってんで返納したんだ。陛下は戦争で活躍したお前なら魔獣が出てもやっていけるだろうって思ったらしいんだが……。まっ、お前のことだから、きっと大丈夫だ。なっ?」
王家直轄領であったその地はエルヴィンの新しい苗字、ベラトール領と名前を変えることになり、エルヴィンたち一行はその地を目指して馬を走らせた。
ベラトール領城を目の前にし、その異様な雰囲気に皆は同じことを思った。
「おい、人がいないじゃないか。城下町ってもっと賑やかなんじゃないのか?」
「建物があっても人が住んでない。これって廃墟って言うんじゃないの?」
「町が町として機能していないってことだよな」
皆が口々に似たような感想を漏らしている。
領城は小さな城で、中に入ると埃が積もり、蜘蛛の巣があちこちに張られている。
しかし前領主が置いていった家具や道具がそのまま使えるので、住むには困らないことがわかった。
「町の人を使用人に雇って掃除をしてもらうつもりだったんだけど、どうも無理みたいだな。皆で手分けして掃除を始めよう」
エルヴィンの一声で皆が掃除を始めた。
戦争中も身の回りのことは自分自身でしていた皆にとって、掃除をすることは苦ではなく、てきぱきと城内がきれいになっていく。
掃除がある程度済むと、後は仲間に任せてエルヴィンは村の人々に会いに行くことにした。
新しい領主が領城に入ったら、使いの者を出して村や町の代表者を城に呼びつけ挨拶をさせるのが普通だと聞いている。
だがエルヴィンは、呼びつけるよりも、村の様子を自分の目で確かめたいと思った。
フラギス、マグヌも同行し、三人で馬に乗って農村部の集落に向かった。
ベラトール領は土地も小さければ住人も非常に少ない。
町が廃墟と化した今、自然豊かな農村部と大きな森だけで成り立っている領地である。
町が機能していないので、住人が買い物に行きたければ、隣の領地まで買い物に行くのが常である。
農村部に到着すると、人々が畑仕事をしている最中であった。
働く人々を見て、エルヴィンはほっと胸をなでおろす。
エルヴィンは、白髪頭の老人に話しかけた。
「今日から新しく領主となったエルヴィン・ベラトールです。村長さんにお会いしたいのですが?」
「わしが村長だが。あんたは使いの者かね?」
「いえ、私が本物の領主です」
「ええっ?こりゃおったまげた!あんまり若いもんで、てっきり使いの者かと…」
「ははっ、若いですが本物ですよ。お仕事中のようですが、少しお話よろしいですか?」
「ああ、これは失礼しました。今回の領主様は、ずいぶんと腰が低いようですな。おっと……」
老人の目がピクッと動き、穏やかな表情が急に険しい顔に変わった。
「領主様、外で話をするのもなんですから、家の中に入りませんか? 汚い家ですが」
「あ、ああ、よろしく頼む」
老人が勧めてくれた家は、木造のボロボロの家であったが、エルヴィンたちは遠慮なく申し出を受け入れ、家の中に入った。
老人が馬も一緒の方が良いと言うので、馬三頭も入れたために部屋の中が一気に狭くなる。
「領主様、命拾いしましたな。前任の領主様は汚い家に入りたくないと申しましてな。魔獣に襲われたいへんな目に遭ったのです」
「魔獣? 魔獣が来るのですか?」




