80話 墓石
エルヴィンは今、シモンズ伯爵領の共同墓地の墓石の前で、呆然とたたずんでいる。
顔色は血の気が失せ、手足が小刻みに震え、今にも倒れそうなほど打ちひしがれている。
墓石に刻まれた文字は『セレスティア・シモンズここに眠る 享年16歳』
一緒に馬を走らせてきたのはマグヌ、フラギス、ドルスの三人だ。
「四年ぶりの再会が、まさかこんな形になるとは。まったく気の毒で見ていられない」
マグヌがボソッと呟いた。
三人はエルヴィンと行動を共にするために、エマーソン伯爵邸まで一緒に来たのだが、四年ぶりの再会に水を差すのもなんだからと言って、門の外で待っていた。
再会して心が落ち着いてからセレスティアに紹介してもらうつもりだったのだが、彼らの前に現れたエルヴィンは、声をかけるのもはばかれるほど意気消沈していた。
「今からシモンズ伯爵領へ行く」
そう一言話しただけで、馬に乗って駆けだした。
だから彼らは黙ってその後を追った。
墓地の管理人に墓の場所を聞き、青ざめた顔で墓の前までやって来て、墓石の名前を確認したとたん、エルヴィンは絶句してしまった。
三人は声をかけるのもはばかられ、しばらくエルヴィンの様子を伺う。
「お嬢様、お嬢様が何故こんな目に遭わないといけないんだ……」
拳を握りしめながら発した言葉と同時に、涙が零れ落ちた。
はらはらと流れ落ちる涙を拭うこともせず、遠いどこかを睨み続けた。
今から三時間ほど前、俺が裏庭でじいちゃんと再会を喜んでいたら、突然メリンダが現れてお嬢様が死んだと言った。
初めはタチの悪い冗談だと思った。
意地悪で性格が曲がっているメリンダなら、十分に考えられる嘘だったから。
「う、嘘だろ? じいちゃん、お嬢様が死んだなんて……、おかしいだろ?」
だけど、じいちゃんは否定しなかった。
悲しそうなどこか諦めたような顔をして、小さく首を振る。
「何がおかしいのかわからないけど、死んだんだから仕方がないじゃない。お姉様はね、シモンズ伯爵に嫁ぐ途中で盗賊に襲われて殺されたのよ。護衛も御者もみーんな殺されたんだって」
「シモンズ伯爵に嫁いだ? 何それ? そんなの聞いてない」
「さっきからごちゃごちゃとうるさいわね。ついでだから教えてあげる。お姉様は、お父様の子どもではなかったのよ。エマーソン家の血を引いていなかったの。笑っちゃうわね。あんなにいつも偉そうにしていたのに、不義の子だったなんて。だからお父様に憎まれて年寄りに売られたのよ。いい気味だわ!あははっ」
俺はお嬢様のことを悪く言うメリンダが許せなくて、睨みつけた。
「何よその目は。わざわざ教えてあげたんだから感謝しなさいよ。信じられないんだったらシモンズ伯爵領に行けばいいわ。お墓があるから見てきなさいよ」
メリンダはそれだけ言うと去って行った。
だけど、やっぱり俺は信じられなかった。
だって終戦まで、お嬢様から毎月手紙が届いていたから。
「じいちゃん、手紙には結婚のことなんて書いてなかったじゃないか。それに手紙は毎月……」
「エルヴィン、ちょっと待っていなさい」
じいちゃんは家の中から小さな箱を持ってきた。
箱の中には切手を貼った封筒がいくつも入っている。
「これはな。お嬢様から預かった手紙なんだ。嫁ぐ前にわしに託して行かれたのだ。わしは毎月この手紙に、わしの言葉を添えてお前に出していたんだよ」
「そ、そんな……」
俺は一つ封筒を取り出して中の手紙を開いた。
手紙の下半分に書かれたお嬢様の見慣れた美しい筆跡が目に飛び込んできた。
『今日はたくさん薬草がとれました。風邪に効く薬草なので、皆の役に立ちそうです。それから……』
ここから先は涙で霞んで読めなくなった。
どんなに虐げられても、家族に愛されなくても、まっすぐに一生懸命に生きてきたお嬢様、それなのに……
血がつながっていなかった?
だから憎まれて年寄りに売られた?
そんなの大人の事情だろ?
お嬢様に何の関係があるんだ?
お嬢様にこんなにひどい仕打ちをしたエマーソン伯爵家が憎い、憎くてたまらない。
「俺はあいつらを許せない。ドルス、お前に頼みがある」
「おっ、とうとう俺の力を頼るときが来たね。何でも言ってくれ」
「金はいくらかかってもいい。俺の報奨金は全部お前にくれてやる。だからあいつらを潰してくれ」




