76話 後方部隊
ニヤリと笑うレックスを見て、エルヴィンはドキリとして胸ポケットを押さえた。
レックスが何を考えているのかわからず、不安が募る。
「俺が読んでも構わないか?」
「は、はい。すでに検閲済みですので問題はないと思うのですが」
エルヴィンは胸ポケットからセレスティアの手紙を取り出しレックスに渡す。
「どれどれ」とレックスは手紙に目を通し、やがてフッと笑顔がこぼれた。
「そうか、森の小鳥のひなが巣立ったのだな。確かに俺の心にも春が訪れたみたいだ。エルヴィン、ありがとう。良いものを読ませてもらった。それからお前の妹に感謝するんだな」
「はい。妹にはいつも感謝しております」
「では、明日からこの幕舎に来るように。」
エルヴィンは憧れの星の下で働けるようになった。
エルヴィンが後方部隊の幕舎と前線部隊の幕舎を行き来することになったので、十班長はマグヌに任せることになった。
レックスと一緒に行動するようになると、自然に会話が増える。
今までレックスと言葉を交わすなんて、夢のまた夢だと思っていた。
だがレックスは平民だからと差別することはなく、とても気さくで話しやすい人なのだとわかった。
レックス自身も「平民で下積み期間が長かったから、貴族らしく振る舞うことの方が面倒くさい」と言っている。
書記官として、スクリーバと一緒に会議に出席するようになり、皆の意見をノートに記録する仕事もするようになった。
会議に出席してわかったことだが、アウステル軍は大敗しても一向に退く気配がないので、まだまだこの戦争は長く続きそうだと皆が頭を抱えている。
今までずっと前線で任務に当たっていたエルヴィンは、ほとんど後方部隊に来たことがなかった。
後方部隊は主に医療班、調理班で構成されており、特に二万人の食料を調理する大勢の調理員の仕事ぶりは圧巻である。
各班の代表が時間差をつけて食事をとりに来るのだが、待たせることなく用意するその早さと手際の良さは、見ていて感嘆に値する。
エルヴィンが所属していた五十三班は、敵に攻められてもすぐに動けるようにと、エルヴィンが食事をとりに行くことはしなかった。
こんなに良いものが見られるのなら、一回くらい俺が行っても良かったかな? なんて思う。
それからいつも水筒に入れて持ち歩いている水についても、調理班のお陰で水あたりもなく安心して飲めるのだと感心する。
彼らは川から水を汲み上げ、それをろ過し、鍋で煮沸してから水桶に入れる。
冷めた頃に班の代表がやって来て、それを班まで運んでいる。
毎日毎日大量の飲み水を作ってくれているから、俺たちも安心して戦場で動けるのだ。
そう言えばと、エルヴィンは昔セレスティアの宿題を手伝った近隣諸国の話を思い出す。
エルヴィンがセレスティアの手書きの紙を持ち、彼女がスラスラと暗唱していくのだが、その中に敵国アウステル王国の話もあった。
あのとき、セレスティアの手書きの文書が欲しくて無理を言って譲ってもらった。
嬉しくて何度も読んだから、この記憶に間違いはないはず。
当時両国はまだ戦争をしていなかった。
「アウステル王国は我が国よりも南に位置し、温暖な気候を利用してフルーツの栽培が盛んです。それから新婚旅行に行きたい観光地としても人気が高く、風光明媚な場所が多数存在しています。旅行客が絶えず、特に南端の美しい海岸は、夏になると海水浴客でいっぱいになります」
セレスティアは、覚えた記述をスラスラと暗唱していく。
「ここまでがよく知られている話。だけどね、エルヴィン、あまり知られていないことなのですけど、不思議なことに北端は雨がめったに降らず、水資源にも乏しくて人が住めない土地なんですって。川もなく地下水脈もなくて、土を掘っても井戸を作ることができないらしいわ。土地も痩せていて畑を作っても農作物は育たない。北端はアウステル国に見捨てられた誰も住んでいない土地なのですわ」
アウステル王国と言えば、誰もが温暖で住みやすい国だと認識している。
セレスティアが語る北端については、エルヴィンは聞いたことがない内容だった。
「ですけれど、三百年前の我が国の国王が、その土地の半分を買いとってゴルデス領と名付けたのですわ」
「人が住めない土地なのに、国王が買いとったのですか?」
「そうなのです。国王は何代にもわたって川を作り、やせた土地に堆肥をすき込み土壌を改良したのですって」
「それならアウステル国だって川を作れば良いのでは?」
「これまた不思議な話なのですが、土地の関係で、川は北から南にしか作れないのですって。だから当時の国王は北からゴルデス領に川を引き、東西の海に流れるように大規模工事をしたのですわ。お蔭で今では水に困らず農作物がよくとれる土地に変わったのですわ」
当時、皆が知らないことを勉強して、スラスラ話すセレスティアに感心していたのだが、エルヴィンはふと思った。
ここに勝利のヒントがあるのでは?




