72話 水宝宮
俺がアカデミーに戻って来たとき、彼女が攫われてから一ケ月もたっていた。
今すぐにでも取り戻しに行きたい。
そう思ったが、侍従として付き従っていたマシューに止められた。
「いくら王族であっても、他の男の妻を奪うことはできません」
「しかし、結婚したのは俺の方が早かった」
「それが有効なのは我が国だけでございます。他国には通用いたしません」
「しかし、俺はクレアを愛しているのだ」
「他の男の子種を注がれた女を娶ることはできません。もしもお生まれになったお子が、伯爵の子であったらどうなさいます? これは国王陛下からのご命令なのでございます。どうか、お気持ちを抑えてくださいませ」
俺は泣く泣くクレアを諦め、失意の中、国に帰った。
その後、王妃と結婚し、後継者も生まれて、昨年は王位を継ぎと、王族として順風満帆な生活を送っていた。
しかし、学生時代の思い出とともに、心の片隅に刻み付けていたクレアへの想いが色褪せることはなかった。
彼女の優しさ、はにかんだような微笑み、俺を愛していると言ってくれた唇も、抱きしめた身体の温かさと柔らかさも忘れることなどできなかった。
パレードの最中、水色の髪の娘を見つけた瞬間、一気に彼女への想いが溢れ出た。
クレアにそっくりな娘がすぐそばにいる。
俺はすぐに並走している騎士に告げた。
「二列目にいる水色の髪の娘を連れてきて欲しい」
このチャンスを逃したら、また一生会えなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
俺の言葉は騎士から歩兵へ、歩兵から警備兵へと伝言されて、今は水宝宮で待っていると連絡を受けた。
ああ、早く彼女に会いたい。
この長い祝辞の行列が一刻も早く終われば良いのに……。
夕方になって、やっと国王エドマンド・ウイキヌスが水宝宮に現れた。
パレードのときにはわからなかったが、間近に見る国王はセレスティアとよく似ているとフレディーは思った。
金髪の美しい面立ちに、セレスティアと同じアメジスト色の瞳。
目元のあたりが、よく似ている。
つい考え事をしてしまったフレディーであったが、セレスティアと護衛の二名が立ち上がったのを見て、慌てて立ち上がり挨拶をする。
「お初にお目にかかります。私はフォーサイスの次期当主フレディー・フォーサイス、こちらは私の妹ローリアです。そして護衛の二名です」
「初めてお目にかかります。わたくしはローリア・フォーサイスでございます」
セレスティアは美しいカーテシーで挨拶をする。
着ている服装は平民用でも、その姿に気品が溢れ出て、エドマンドは一瞬息を呑む。
「長い時間待たせてすまなかった。まあ座りたまえ。そなたはフォーサイスの次期当主と言うことは、シンディーの息子だな」
「はい。母を覚えていてくださったのですね」
「ああ、忘れるはずがない。私にとって思い出深い留学中の良い友人だったのだから」
「そう言っていただけると、母もきっと喜ぶと思います」
「それからそなた、妹のローリアと言ったが、それは本当だろうか?」
エドマンドの紫色の瞳から放たれる確信を含んだ視線が、セレスティアに注がれる。
「何故そのようなことをお聞きになるのですか?」
セレスティアは一瞬ドキッとしたが、平静を装う仮面をつけた。
「マシューに聞いたのだが、二人の会話を聞いていると、とても兄妹には見えなかったそうだ。まるで姉と弟のように見えたと」
フレディーの心臓がぎくりと跳ねた。
さすが国王の侍従、ただ者ではなかった……
「本当のことを言ってくれないか? そなたは、クレアの娘ではないのか?」
「えっ!?」
いきなり母の名前が出たことに、セレスティアは驚愕し、仮面が外れ、次の言葉がでなくなった。
「あ、あの……」
何か話さなくてはと思っても、何を話して良いのかわからない。
「いきなりクレアの名前が出て驚いたようだが、そなたはクレアによく似ている。馬車からそなたを見つけた時、クレアが現れたのかと思ったのだ。今逃がしてしまったら、また二度と会えなくなるかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。だから、無理を言ってここに引き留めてもらったのだ。勝手なことをしてすまなかった」
国王なのに、他国の、しかも身分の低い者に頭を下げるなんて……
フレディーにはエドマンドの態度が驚きであったが、この仕草一つとってもエドマンドの人柄がにじみ出ている。
留学中、シンディーとクレアに気さくに話しかけていたと聞いていたが、それは本当のことなのだと思った。
セレスティアもエドマンドの話を聞き、シンディーから聞いた話を思い出していた。
会いたくても会えなくなってしまった母とその恋人の話を……。
「国王陛下、申し訳ございませんでした。わけあってローリアの名を語っておりましたが、わたくしは正真正銘クレアの娘、本当の名前はセレスティアでございます」
「ああ、やはりそうか。セレスティア、そなたに会えて良かった。」
「母はエマーソン伯爵と結婚しておりましたが、伯爵から、わたくしは伯爵の子ではないと聞かされました。よろしければ、陛下と母の間に何があったのか、教えていただけないでしょうか?」
セレスティアは縋る思いでエドマンドを見つめた。




