71話 クレアの悩み
しばらくしてマシューから調査結果を受け取ったのだが、それを読んで俺は怒りに震えた。
16歳も年の離れた伯爵は、若い娘を娶るためにフォーサイス家の借金を肩代わりした。
それだけなら、まだ許せる。
しかし、伯爵は娼館に通いつめ、婚約が成立した後も、クレアを放置し娼館通いを続けている。
婚約者に花一輪すら贈らずに、なじみの娼婦に金と時間を使っているのだ。
まるでこれでは、クレアの扱いは娼婦以下ではないか?
クレアのことを、金で買った女なのだからぞんざいに扱っても良いと思っているようで、どうしてもそれが許せなかった。
彼女はもっと愛されて慈しまれるべき存在なのだ。
なじみの娼婦を切れない男など、クレアと結婚する資格なんて絶対にない!
それからというもの、俺は猛烈にクレアにアタックした。
彼女が振り向いてくれるのなら何でもしてあげたい。
彼女に笑って欲しい。
あんな酷い婚約者のことなんて忘れて、俺を好きになって欲しい。
俺を愛して欲しい。
俺の想いは彼女に通じ、仲良くなれたと思った矢先、彼女は涙ながらに俺に打ち明けた。
「私はあなたのことを愛しています。ですが、あなたと一緒にはなれません。エマーソン伯爵はフォーサイス家の負債を全額払ってくれました。だから、ごめんなさい。これ以上辛くなる前に、もう会わないようにしましょう」
伯爵が肩代わりした負債の金額は、俺の個人資産で賄える額だった。
慰謝料だって上乗せできる。
俺は、クレアを伯爵から自由にしてやりたかった。
だから、俺は本当の身分を明かした。
子爵の息子ではなくウイキヌス王国の王太子であると。
そして、金のことは心配しなくても良いのだと。
真実を聞いたクレアの顔は、まるで狐につままれたようだった。
「あなたを愛してもいいのですか?」
「もちろんだ。俺はクレアを愛している。だから、俺の国に来てくれ」
涙を流し続けるクレアを、俺は胸に抱きしめた。
だけど、俺は彼女に大切なことをまだ告げていなかった。
これを言ったら、彼女はどう思うのか不安だった。
もしかしたら俺は振られてしまうかもしれない。
だけど、言うなら今しかない。
そう思ってやっとの思いで打ち明けた。
「クレア、俺には婚約者がいる。子どもの頃から決められた王妃となる女性であり、その地位に相応しい女性だと思っている。だから、俺はクレアを側妃として迎えたいのだ。こんな俺でもついてきてくれるか?」
クレアはまた驚いた顔をしたが、答えは早かった。
「あなたと結婚できるのなら、私は側妃でもかまいません。それほどあなたを愛しているのです」
俺は天にも昇る気持ちで彼女を強く抱き口づけた。
その口づけは、彼女の涙でしょっぱい味がした。
それから俺の動きは早かった。
国に帰り、父親を説得し、婚約者にも許しを得た。
結婚の下準備を終えてからベルランテに戻ったのは春を過ぎてからだった。
俺はフォーサイス領にいるクレアの両親を訪ね、結婚の許しを得た。
後はクレアと伯爵の婚約を解消するだけである。
初めはなかなか連絡がつかなかったようであったが、会えば意外と簡単に婚約は解消できることになった。
もし伯爵がごねたら、裏から手を回して手を引かせるつもりであったのだが、その必要もなくなった。
あれは忘れもしない六月八日。婚約が無事に解消できることになった報告をしたいと、クレアが晴々とした顔で俺を誘った。
これからの二人の門出を祝うために、俺たちは町に出た。
二人きりの部屋を借り、美味しいワインと食事でお祝いし、この日のために用意した結婚指輪を贈った。
「結婚指輪? 婚約指輪じゃなくて?」
「そうだよ。俺の国ではこの指輪が婚姻届と同じ意味を持つんだ。だから、クレアは今日から俺の妻だ。愛している」
俺は彼女を胸に抱き、その日、俺たちは初めて身も心も結ばれた。
だが、結婚の報告をするために国に帰って戻ってきたら、彼女は攫われた後だった。




